「がん検診」は患者の寿命を延ばさない?
そこで出てきたのが「がん検診」です。がん検診は、がんという病気、がんという現象がいつのまにか「がん細胞の発見」に、つまり現象を「もの」として認識するように価値や意味の変換が行われた結果、生じた戦略だったのです。
ところが、このようながん検診の考え方に異を唱える人たちが出てきました。日本でもっとも有名なのは『患者よ、がんと闘うな』という強烈なタイトルの本を書いた近藤誠氏です。
近藤氏の論点で一番素晴らしかったのは、「がん細胞が見つかったからといってがんという病気にならない(こともある)」という一点を看破したことでしょう。さらに、「がん検診をしても患者の寿命が延びたりしない(こともある)」ことも指摘しています。
例えば、胃がん検診が患者の寿命を延ばした、厳密に言うと胃がん検診を受けた人と受けなかった人では寿命が違い、検診を受けたほうが長生きできる、というようなデータは存在しません。肺がんについてもしかり、脳腫瘍(脳のがん)についても同様です。ですから、これらの検診は本当に意味があるのかは、議論の余地があるのです。
「がん」という病気の実体は存在しない
現在では、「がん細胞が見つかったからといってがんになるとは限らない」(いわゆるがん もどき理論)という点に関しては、ほとんど異論はないと思います。例えば、早期胃がんを 放っておいても3割程度の人はそのまま早期がんのままなのだそうです。また、「がん検診をしても患者の寿命が延びるとは限らない」という点についても理解は深まってきたと思います。
近藤氏の本は、病気があれば(病気と認識すれば)治療するという一律的な判断に疑問を呈したという意味で、画期的だったと思います。
さて、がんという病気は実在しない、あれは規定された現象である、という話をしています。
もちろん、がん患者さんの体を探せば、がん細胞はそこにあるでしょう。でも、それががんという病気として認識されるためには、検査が行われなければなりません。検査をしてがん細胞が認識されても、それが将来病気になるのかどうなのか、正確に区別することはできません。私たちにできるのは、確率論的に予測することだけなのです。がんもどきという状態でそのままかもしれませんし、どんどん大きくなって病気を起こすかもしれません。
がん細胞という「もの」の存在は、がんという病気とは同義ではないですし、それを保証もしないのです。ですからあくまでがんという病気は現象として認識されるだけで、それは実体としては存在しないのです。そして、その認識のされ方は各人各様の目的・関心に応じた形で恣意的に行われるしかないのです。
神戸大学医学研究科感染症内科教授
岩田 健太郎