その昔、鳥インフルエンザは人間に感染しないとされた
ちまたを騒がせている(編集部注:2009年当時)新型インフルエンザについても考えてみましょう。この新型インフルエンザも実在しません。そのことを、これから説明しようと思います。
鳥インフルエンザという病気があります。インフルエンザウイルスというのはたくさん種類があり、実はいろいろな動物に感染を起こすことがわかっています。鳥さん、豚さん、馬さん、それに何と鯨さんにもインフルエンザウイルスは感染するのだそうです。一部のインフルエンザウイルスは複数の動物にまたがって感染しますが、多くの場合は動物特異性があって、その動物以外には感染しづらいことになっています。
で、鳥に感染するインフルエンザウイルスを鳥インフルエンザウイルス、そしてそれが病気を起こすと鳥インフルエンザという病気。まあ、このように呼んでいるのですが、このウイルスは人間には病気を起こさないと考えられていました。
ところが、1997年に香港で 18 人が鳥インフルエンザウイルスに感染し、そのうち 6 人が死亡してしまうという事態が起きたのです。従来ではあり得ないと思っていた鳥インフルエンザウイルスの人への感染が確認されたのでした。
マニュアル作成に明け暮れる日本のお役所仕事
日本には感染症法という法律があります。これは、感染症という「こと」を「もの」と認識して作った悪法です。実際には「もの」でないものを無理矢理「もの」として認識するから、いろいろ困ったことになるのです。
例えば、新型インフルエンザは感染症法で、「全例」について感染症指定病院に患者を入院させなければいけないと定められていました(実は、本当はそうではないのかもしれないの ですが、そのように扱われていました)。患者さんが軽症であろうと重症であろうと、ぴんぴんしていようと死にそうになっていようと関係ありません。私たち医者としては患者さんが元気かどうか、死にそうになっていないか、つまり「現象」が関心事なのですが、日本のお役人は実在しない感染症を「もの」として認識するから、こんなとんちんかんな法律を作るのです。
新型インフルエンザは、専門的にはH 5 N 1 と呼ばれるタイプのインフルエンザの変異体を想定していました。そこで、H 5 N 1 インフルエンザウイルスに対するワクチンを一所懸命に作ったり、タミフルのような薬を備蓄したりしてきたのでした。そして、新型インフルエンザの患者にはこのように対策をしましょう、と国や自治体は一所懸命ガイドラインやマニュアルを制定したのです。
再現性のない日本の感染対策
ところが、2008年の段階で、すでにヨーロッパやアメリカではパンデミックフルーは現象であって「もの」ではないという認識をしていました。で、彼らの結論は「H 5 N 1だけが大流行を起こすとは限らないじゃないか。他のインフルエンザウイルスが流行するかもしれないし、もしかしたらインフルエンザウイルスじゃないウイルスが呼吸器感染症を起こして流行させるかもしれない。そういえば、数年前にSARSという感染症が流行ったじゃないか」と考えました。
だから、「H 5 N 1」という「もの」ではなく、「大流行」という「こと」に注目し、対応することにしたのです。したがって、咳をしていて熱が出ていて、他人に感染させて死にそうになっている患者さんがいれば対策は原則同じです。それがH 5 N 1 による感染症であっても、他のインフルエンザウイルスによる感染症であっても、あるいは別の病原体による感染症であってもほとんど同じようなプロトコルで対策をとるのです。逆に、どの病原体が原因の感染症であっても軽症であれば入院させる必要もないのです。
しかし、日本では新型インフルエンザは実在している「もの」と考えていたので、そのような対応はとれません。