科学的根拠を無視…冷静さを失った場当たり対策の末路
神戸市で見つかった新型インフルエンザ国内第 1 号の高校生の患者は、自宅ですでに症状が改善しているにもかかわらず、数日前に行った検査が新型インフルエンザ陽性とされたため、慌てて指定医療機関に入院となってしまいました。元気な患者をなぜ入院させるのでしょう。
これについて、「いやいや、これは感染拡大を防ぐためだ」という主張もありましたが、これも滑稽な間違いです。
感染症は自然発生しません。感染症が発症するには、必ず病原体が人間の体にどこかから入っていく必要があります。それを証明したのは微生物学の開祖と言えるフランスのパスツールでした。病原体はぽっと突然目の前に出現したり天から降ったりしてくることはなく、必ずどこかを通って私たちの体の中に入っていくのです。その道筋を「感染経路」と呼びます。
新型インフルエンザの感染経路は、くしゃみや咳のしぶきが他の人の口や鼻に入っていく経路と、そのウイルスが手にくっついたりして、それが別の人の手にくっつき、鼻や口を手で触って感染する経路の大きく 2 種類に分けられます。専門用語でいうと、前者を飛沫感染、後者を接触感染と言います。
重症、軽症者も一律入院…日本の医療崩壊は必然か
くだんの高校生の患者さんは、自宅にいたのです。彼が自室でじっとしていれば、くしゃみや咳から感染する人も、彼の手を介して感染する人もゼロになります。自宅療養は強力な感染防御策なのです。
私たちは、特に検証もせずに「とりあえず入院させれば何かよいことがある」「病気になったら病院に行くものだ」と決めつけています。しかし、これは本当のことではありません。少なくとも、必ずしもそうとは限りません。
自室にいれば感染症の広がりはないのに、その人を入院させたら何が起きるでしょう。救急車に乗れば救命救急士が同乗します。くしゃみにさらされ、患者に触れば患者から接触感染を起こします。病院の受付、看護師、医師、食事を運ぶ方や掃除をする方、たくさんの病院の職員を感染のリスクにさらします。
それに、大量の患者が出れば、当然病院職員は疲弊します。もちろん、重症の患者が出れば、がんばって歯を食いしばって治療をしなくてはいけないかもしれません。しかし、家にいてすでに元気になっている患者を定期的に診察したり、血圧を測ったり、点滴を取り替えたりする作業が、大量の患者が出る中で現場を疲弊させました。これが実際に2009年の神戸市で起きたことでした。ただでさえ現在の日本では医療崩壊が叫ばれているのに、少ない医療資源を行政の思い込みがさらに(無意味に)疲弊させたのでした。新型インフルエンザという現象を冷静に見据えていればそんな間違いはしなかったでしょうに、ウイルスという「もの」と病気という「こと」を混同させたのが、厚労省の最大の間違いだったと私は思っています。
神戸大学医学研究科感染症内科教授
岩田 健太郎