20代で23区・駅近暮らし実現「京成線・青砥」唯一の心配は?

どこの街に住むかの選択は、仕事やプライベートに大きな影響を与える。さらに家賃が家計支出の大きなウェイトを占めることを考えると、居住地は資産形成までも左右するといえる。総合的に考えて住みやすい街はどこなのだろうか? 20代後半から30代前半の単身会社員の住み心地を考えていこう。今回取り上げるのは、京成電鉄の本線と押上線「青砥」。

駅は「青砥」、でも町名は「青戸」…どっちが正解?

「青砥」は東京都葛飾区の北東部に位置する、京成電鉄の本線と押上線の駅です。1日の乗降数は5.1万人強。「押上」で都営地下鉄浅草線と直通運転を行い、羽田や横浜方面へもダイレクトにアプローチすることができます。

 

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駅名は「青砥」ですが、町名は「青戸」。「戸」は「津」が転じたもので、港や船着き場を表す言葉であることから、昔、港をがあった土地だったことが推測されます。東京近郊にはほかにも、「松戸」や「登戸」など、「戸」がつく地名はありますが、同じ謂れだとか。

 

鎌倉時代初期に記された資料には、「青戸二郎重茂」という、この地を治めていた武士の名前が確認できます。当時の傾向から考えると、彼の名前は地名をとったものだと推測され、「青戸」は少なくても700年以上も前からある、由緒ある地名だということがうかがえます。

 

では「青砥」という駅名は、どこからきているのかというと、鎌倉時代に活躍した「青砥藤綱」名裁判官。藤綱の家が青戸にあったとする言い伝えから、青砥という文字が多く使われるように。しかし『正式な地名はずっと「青戸」で青砥となったことはありません』と区役所は少々強めに宣言をしています。

 

地図をみる限り、小学校や中学校、公園などにも「青戸」の漢字が使われています。「青砥」が使われているのは、中川にかかる「青砥橋」くらいでしょうか。

 

駅の開業は戦前の1928年ですが、青砥の街の開発が本格化したのは、戦後のこと。日本住宅公団が1,000戸を超える青戸第一団地を建設し、人口は急増しました。青戸第一団地は90年代から2000年初頭にかけて建て替えられ、現在はファミリー層に人気の団地になっています。また町工場が混在する住宅街だった青砥の街でしたが、その代表格の東洋インキ製造の青戸工場は2004年に移転。現在、その跡地には大規模なマンションなどが建てられています。

 

京成本線青砥駅と中川にかかる青砥橋/PIXTA
京成本線青砥駅と中川にかかる青砥橋/PIXTA

 

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著者紹介

連載データから紐解く「住みやすい街」

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