予想を大きく下回った、小売業界の「駆け込み需要」
まずは百貨店だ。今回の消費税 10 %実施の前月、 19年9月の販売額は前年同月比22.2%増の5619億円と大幅増だった。商品別の販売額を見てみると、軽減税率の対象となる「飲食料品」が同1.1%とわずかな伸びにとどまっているのに対し、アクセサリーを含む「その他の衣料品」が同47.3%増、「家具」が39.7%増、「家庭用電気・機械器具」は同71.8%増となっており、耐久財や半耐久財に駆け込み需要があったと考えてよい。
駆け込み需要の大きさをはかるのに有効な平均月次販売額を見てみると、増税2カ月前までの1年間(18 年9月~19年8月)は5295億円で、19年9月は平均より6.1%増加したことになる。一方、前回の消費税 8 %増税時は、前年同月比 25 %増の7362億円。こちらも大幅増となった。また、増税2カ月前までの1年間(13年3月〜14年2月)の平均月次販売額は5621億円で、14年3月は平均よりも31%と大幅増だった。
これらを比較すると、今回の消費増税時の駆け込み需要は前回ほど大きくなかったことがわかる。だが、反動減が生じる消費増税実施月の数字を見ると、前回が同10.5%減、今回が17.2%減となっており、今回の消費増税時は駆け込み需要が小さかった割に、消費増税実施月の落ち込みが激しかったといえる。
スーパーマーケットでも百貨店と同じ傾向が読み取れる。増税2カ月前までの1年間の平均月次販売額と増税前月の比較では、前回は11.8%増、今回は1.7%増だ。増税実施月の落ち込みは前回が前年比3.9%減、今回は同3.7%減。百貨店同様、前回ほどの駆け込み需要が見られなかったが、増税後は反動減したというのは一緒だ。
コンビニエンスストアは少し異なっている。消費増税前月の販売額は前回が前年比7.6%増に対し、今回は同0.2%減である。なぜか。コンビニ業界で駆け込み需要が見られなかった理由は商品別販売額に隠されている。前回増税時は増税前月の「非食品」が前年比11.9%増だったが、これに対し、今回は「非食品」が同8.5%減。非食品にはタバコが含まれている。前回は消費増税前に買いだめしようという駆け込みが発生したが、今回はキャッシュレスポイント還元策が増税と同時に実施されたため、タバコに対する目立った駆け込みが見られなかったと考えられる。
このように業態別に見ると、前回に比べ駆け込み需要が小さかったにもかかわらず、消費増税実施月の反動減を含む落ち込みは前回同様だった。そう考えると、今回の消費増税が小売業に与えたネガティブインパクトはかなり大きかったといえる。
「人件費削減」「投資抑制」で恐怖のデフレスパイラル
飲食料品は軽減税率8%だが、標準課税品目である日用生活品は10%のため、税込み表示価格でみれば、標準課税品目である日用生活品だけ、昨年10月から値上げされているように見えてしまう。そこで、日用生活品を生産する企業や販売する企業は、この2%の差分を企業努力で値下げをして顧客の購買意欲を削がないようにした可能性がある。しかし、消費増税直後ですぐに生産コストを下げられるわけがない。
そこで企業がどこで値下げ余力を生み出すかというと、人件費の削減や投資を抑制することになる。こうなると何が起きるのか。「デフレスパイラル」である。
デフレスパイラルを簡単に説明すると、次のようなかたちで起こる。(1)消費増税によって、家計支出が減る、つまりお金を使わなくなる。(2)企業はなんとかモノを買ってもらったり、サービスを利用してもらうために売価を下げる(先程説明した、軽減税率の導入によって、標準課税品目の生活日用品が企業努力によって値下げをしたという現象と同じ)。(3)値下げをしても利益を残すために、企業は人件費を削減したり、投資を抑制する。(4)従業員の給与は下がり、企業は必要な投資ができず、成長できなくなる。
一般的に経済の主体は政府、家計、企業の3つといわれているが、企業で働く従業員は家計でもあるので、結果的に値下げは収入が減るということに繫がっていく。収入が減った家計はどうなるか。よりお金を使わなくなっていく。それにより、企業は更に値下げをして需要を喚起しようとするが、その結果、更に給与は下がり、投資も抑制される。
この(1)~(4)の繰り返しにより、延々と物価が下がり続け、あわせて家計収入や支出、民間投資も落ちていく。この連鎖反応がデフレスパイラルというわけだ。
「物価が上昇していく」という感覚を多くの日本人が忘れてしまったいま、企業が売価を引き上げるのは相当難しくなっている。そこで、登場したのが「シュリンクフレーション」だ。人によっては「ステルス値上げ」と呼ぶ場合もある。「ステルス」とは「こっそり行う」という意味で、レーダーが捕捉不能な「ステルス戦闘機」が出現してから一般的に認知された言葉である。