MMTの生みの親による「モズラーの名刺」
MMTにおいて貨幣に対する考え方とはどういうものか。ここでMMTを理解するわかりやすいたとえとして、MMTの生みの親ともいわれる投資家のウオーレン・モズラーの名刺の逸話を紹介したい。
モズラーが自分の子どもたちが家の手伝いをしないため、ある日「手伝いをしたらお父さんの名刺をあげるよ」と子どもたちに言った。そうすると、子どもたちは「そんなものはいらない」と答えて手伝いをしなかった。そこでモズラーは、今度は子どもたちに、「月末までに30枚の名刺を持ってこなければ家から追い出す」と伝えたところ、家から追い出されたくない子どもたちは必死に手伝いをして名刺を集め始めた、という話だ。
逸話に出てくるモズラー(お父さん)を国として考え、名刺を貨幣、子どもたちを国民として考えれば、月末に30枚の名刺を納めよという指示が加わることで、何も価値のない名刺(不換紙幣)を子どもたち(国民)が喜んで受け取る理由がわかる。「国家が自らへの支払い手段として、その貨幣を受け取ると約束する」という部分をこの逸話は非常にわかりやすく示している。
貨幣は納税手段だからこそ、「価値」が生まれる
モズラーの逸話には前項を含め、MMTを理解するのに重要な3つの要素が含まれている。 この考え方をもう少し深掘りしていくと、MMTの主張の1つに近づく。「月末までに30枚の名刺を納めよ」という指示は、国民が国家に税金を納めることと同じだからだ。もともと名刺に価値はないが、父がそれを受け取ることで、家から追い出すという罰を与えない。だから子どもたちは名刺を集める。これは言い換えると、貨幣(不換紙幣)には裏付けとなる価値はないが、国が納税する際の支払い手段として受け取る。だから国民は裏付けとなる価値のない貨幣を集めようとする。
読者は同じことだと感じるだろうか。つまり、MMTの考え方では、その貨幣が納税の際の支払い手段として使えるかどうかが、その貨幣が流通するかどうかを決める際に重要な要素になる。税金の存在が貨幣を獲得・保有するインセンティブを国民に与える。この考え方 をランダル・レイは「租税が貨幣を動かす」(Taxes drive money)と表現している。これがMMTを理解するための、2つ目のキーワードだ。
この考え方に対しては「徴税をする国と納税をする国民の間でしか貨幣が流通しない」からおかしいという指摘があるが、それは間違っている。ある国で生活をする際に消費時に課税される消費税や、その国に住む多くの国民が支払うことになる住民税など、いろいろな税が存在する。だから、その国において納税の際に決済手段となる貨幣を、普段の経済生活でやり取りをするインセンティブは発生している。
仮にいっさい課税されず、納税の義務もない国民がいたとしても、周りの国民が納税する義務を負っているなら、納税に使用できる貨幣を持っていた方が得である。その貨幣と引き換えに、周りの国民が生産するモノやサービスを受け取れるし、労働力として使うこともできるからだ。つまり、MMTの主張としては、税金は財源ではなく、貨幣の価値を保証するものなのである。