今回は、経営者に認知症の兆しが出てきた場合、事業承継のうえでどんな問題点があるのかを見ていきます。※本連載は、司法書士・河合保弘氏の著書、『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』(日本法令)の中から一部を抜粋し、種類株式や民事信託などを活用した具体的な事業承継対策について、様々な実例を用いて解説していきます。

何の事業承継対策も行っていない整骨院の事例

柔道整復師の資格を持つ真田貞則(68歳)は、自ら所有する不動産を店舗として、真田整骨院という名称の治療所を営んでおり、妻の良子(56歳)は専業主婦です。

 

貞則の長男・昌弘(33歳)は、最近になって柔道整復師の資格を取得するための専門学校に通学するようになり、父の施術を手伝っていますが、事業自体は貞則を事業主とする個人事業で、全く別の仕事をしており、昌弘とは関係の良くない二男・秀弘(29歳)がいるにも関わらず、貞則は遺言すらしておらず、何の事業承継対策も行っていませんでした。

 

 

そして2か月前、貞則が軽い脳溢血で倒れて、一時的に入院することになり、とりあえず昌弘が柔道整復師の資格がある知人の池田修二(60歳)を雇用して、真田整骨院を貞則に代わって運営し、当座をしのぐこととなりました。

 

その後、退院してきた貞則は、まだまだ自分が経営者であり続けたいと言い、現場復帰を望んでいるようですが、軽い認知症の症状が確認されつつあり、昌弘は今後の事業のことが心配になってきています。

 

[図表]真田家関係者血族図

認知症になった場合、銀行口座の手続きは代行不可

①認知症の問題

 

真田貞則が本当に認知症になってしまった場合、個人事業である真田治療院の経営主体が能力を喪失することとなり、仮に昌弘が代行して各種の行為を行ったとしても法的根拠のないものとなってしまいます。

 

特に売上金が入金されたり、借入金の返済を続けている銀行口座に関する各種手続きを昌弘が代行することは、現行の銀行実務上、ほぼ不可能となっており、たちまち事業の資金繰りに困ることとなってしまうでしょう。

 

②資格の問題

 

整骨院を開業するには柔道整復師の資格が必要ですが、現時点ではまだ昌弘は資格を取得しておらず、もし貞則が自ら施術をできない状態が続くと、仮に有資格者を雇用していたとしても、法律上の問題が生じてくる可能性があります。

 

③不動産の問題

 

もし今後、貞則が死亡した場合には、真田治療院が使用している不動産が良子、昌弘、秀弘の共有物件になってしまい、事業用として使用を継続するには兄弟間の調整が必要となってくるでしょう。

 

 

④事業承継の問題

 

貞則から昌弘に事業主を変更するにしても、少なくとも貞則の意識がはっきりしている間に行っておかないと、貞則に成年後見人が付けられるような状態になってからでは、実際の手続きは不可能となってしまいます。

本連載は、2015年3月30日刊行の書籍『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

河合 保弘

日本法令

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