「成年後見併用型遺言代用信託」で生前対策を行う
前回に引き続き、真田整骨院の事業承継の対策について見ていきます。
【対策】
貞則の意識がはっきりしている間に家族会議を行い、今後の方針を決めなければなりません。その家族会議の結果、次のように決定しました。
●貞則が自ら施術ができなくなった場合には、昌弘が柔道整復師の資格を取得するまでは、資格を持つ池田修二に一時的に整骨院の経営を任せ、昌弘が資格を取得した段階で経営を交替してもらいます。
●貞則は昌弘との間で「委任契約及び任意後見契約(最初は任意代理で、家庭裁判所によって後見監督人が付けられた後は任意後見に移行する契約形態)」を締結し、これにより昌弘を後継者として指名します。
●整骨院が使用している貞則名義の不動産につき、委託者兼当初受益者を貞則、受託者を良子とする民事信託契約を行い、その二次受益者を昌弘とする(遺言代用信託)ことによって、貞則が認知症になった場合には良子が代わって不動産を管理し、相続後は昌弘の所有とすることにします。
●貞則は遺言書を書き、その付言事項(遺言書の効力に関係なく、遺言者の意思や気持ちを書く部分)において、二男の秀弘に対して多くの財産を遺すことができない理由を十分に説明した上で、秀弘にも不動産以外の一定額の財産を取得させるようにします。
[図表]成年後見併用型遺言代用信託
真田整骨院の事業信託で「戻れるM&A」を実現
【その他に考えられる対策】
現在の信託法では「事業信託」という方法が認められています。
これは「事業」という漠然としたものも財産と考えて、関連する債務を同時に引き受けることを条件に、信託を可能とするというものです。
今回の事例に当てはめると、真田貞則が運営している「真田整骨院」という事業そのものを信託財産として、これを関連債務と共に例えば有資格者である池田修二を受託者として信託することになろうかと思います。
この事業信託の効果としては、例えばこの事例において、真田昌弘が柔道整復師の資格を取得するかしないかが不明であるため、とりあえず有資格者に信託でもって事業運営を任せておき、将来に昌弘が資格を取得すれば信託契約を解除して元の状態に復し、資格を取得できないことが確定すれば池田に事業全体を売り渡すといった、選択的な契約が可能となることがあります。すなわち「戻れるM&A」が実現できるのです。
またこの事業信託の仕組みを応用すれば、例えばこの事例で池田が真田に金銭を貸し付けた場合に、その担保として「事業」を信託という形式で差し入れることも可能であり、これを「譲渡担保信託」と言います。
【結果】
真田貞則は、遺言や各種契約を実行してから半年後に認知症の症状が進んで、自ら経営することができなくなりましたが、任意後見契約に基づいてスムーズに長男の昌弘が任意後見人に選任され、また民事信託契約の存在により、真田整骨院が使用している不動産の使用にも問題が生じることはありませんでした。
さらに2年後、貞則は死亡しましたが、その段階では柔道整復師の資格を取得していた昌弘がスムーズに経営と不動産とを承継し、二男の秀弘も一定額の遺産を取得できたので、特に紛争になることもなく相続手続きを完了することができました。
このように、特に資格を必要とする個人事業に関しては、相当早い段階から手を打っておかないと、いざという時に事業の継続が不可能になってしまうリスクがありますので、ここでも民事信託が活用できるということを認識しておいていただきたいと思います。