「目標」を立てることが、生きる希望につながる
それでも中にはどうしても「答え」を教えてほしい、という方もいらっしゃいます。
例えば、私の現場で言うならば、もう治らないことがほぼはっきりしている場合に、「治したいんです」「先生、何とかなりませんか?」と願われる方の場合です。
もちろん真実は十分言葉に配慮しながら伝えられなければなりません。
「大丈夫」「治るから」と嘘をついては、いつしかその現実と虚構の猛烈なギャップにとても苦しむことがあるからです。ただ、かと言って、苦悩者の「受容」を援助者が目指すのも考えものです。誰でも厳しすぎる現実は「否認」したいものなのです。
それを何度も何度も直面化させるのは、とりわけその現実が厳しすぎる方には、ショック療法になるどころか傷を広げるだけということもあります。
さて、非現実的な希望にどうしてももたれかかってしまう方への対応です。
例えば、もうどう考えても回復不能な相手との復縁を求めている場合などです。
「何とか復縁したいんです!」
その言葉を十分傾聴し、受け止めることはまずは大切です。
さてその後です。
「結局私はどうしたらいいんですか?」
「何でも良いので教えてください。○○さんは、何も答えてくれてないじゃないですか?」
と言われたとします。
私の失敗談でいうと、
「それは××さん(苦悩者)が見つけられるはずですよ」
「すぐには答えは見つからないと思いますが、そのうち見つかるのではないかと思います」
と努めて優しく伝えたところ、
「なんだ結局何も教えてくれないじゃないか……」
と言われてしまった経験があります。
救いを求めているこの方には求めている答えと著しく違っていたのでしょう。
そんな際に有効なのが、「目標指向型アプローチ」です。
私たちは目の前の問題を解決する作業(これを問題指向型アプローチといいます)に慣れています。小さなことを解決して、全体的に良くしてゆくという作業に親しんでいるのです。
けれども解決しようがない大きな問題だったり、問題の集積が著しくて収拾がつかなかったりしている場合などに、小さな問題の解決の集合が全体解決を導くという思考はしばしば袋小路にはまってしまいます。
その時に、「目標指向型アプローチ」を取るのです。具体的には、問題解決思考と同時に、「現実的な目標を立てて、それに向けてやっていきましょう」というアプローチを取る(あるいは併用する)ことであり、それを伝えるということでもあります。
私の現場では、特に余命がかなり限られている方には、もはや問題解決を重視する「問題指向型アプローチ」は結局その方のQOL(生活の質)を上げることにはつながりにくいです。問題解決もしながら、それよりも上位に「目標」を置きます。
「治ってほしいと私たちも願っています」
「一方で、今できることを考えませんか?」
「何をすれば一番いいと思いますか?」
「したいこと、やるべきことはありますか?」
「治るという希望も大切ですが、そのような考えで並行してやっていきませんか?」
とお伝えし、その方のQOLを改善する「目標」を立てるのです。結果として、問題解決を重視した人よりとても長生きした人を私は何人も知っています。「目標」を立てることが、生きる希望につながるのです。
ホスピスナースの先駆けの田村恵子さんの紹介している「ベナーとルーベルの看護論」で「患者は(略)限界を設けられながらも依然として将来に心を傾けているのである」とされている通りで、人はどんな状況でも将来に心を傾ける存在であり、またその未来をともに作ってゆくこと(未来へと続き得る、新しい「物語」をともに作ってゆくこと)が、目の前の問題が解決できないという苦悩から苦悩者をすくいあげることにつながり、希望をも抱けるようになるのです。
そのためには、「そのお気持ちはわかります」「一方で、今できることを考えませんか?」「何をしたら、もう少しご自身では良くなると思いますか?」「その問題が解決することは私も願っています。ただ一方で、何か目標を立てませんか?」などと援助者が促すことです。そのことで、苦悩者は目標や希望を見出すことにつながってゆくでしょう。
大津 秀一
早期緩和ケア外来専業クリニック院長
緩和医療専門医