“子ども向けの法律書”はいじめ防止書だった?
うんこドリルやおしりたんていは、その向こうに子どもたちのはしゃぐ顔が見える。しかし、この本の狙いはタイトルの『こども六法』からは全然見えてこない。まさか小学生向けの司法試験対策本ではあるまい。いったいどんな狙いがあるのか、そしてなぜここまで売れたのだろうか──。その答えは、版元のていねいな新刊紹介の中にあった。
《いじめや虐待は犯罪です。(中略)けれど、子どもは法律を知りません。誰か大人が気づいて助けてくれるまで、たった一人で犯罪被害に苦しんでいます。もし法律という強い味方がいることを知っていたら、もっと多くの子どもが勇気を出して助けを求めることができ、救われるかもしれません。そのためには、こども、友だち、保護者、先生、誰でも読めて、法律とはどんなものかを知ることができる本が必要、そう考えて作ったのが本書です》
“子ども向けの法律書” には違いないが、全編に学校でいじめられている子ども、あるいはいじめに加担している子どもへのメッセージが込められている。
例えば「いじめ防止対策推進法」の章には、『法律ではどこからが「いじめ」?』というカコミがあり、次のような説明がある。
≪法律(ほうりつ)では、「被害者(ひがいしゃ)が嫌(いや)だと思(おも)ったらいじめ」になります。たとえ、加害者(かがいしゃ)が「いじめではなく悪(わる)ふざけです」と言(い)ったり、先生(せんせい)が「いじめではなく遊(あそ)びではないか」と思(おも)っても、です≫
小学生でも読めるように、漢字にはすべてルビがふられている。状況説明に使うイラストはすべてパンダやウサギなどの動物。むずかしい法律用語もかなりかみ砕いて説明されている。「いじめをなくしたい」という底流を流れるコンセプトが好感され、連日のようにマスコミで取り上げられ売り上げに火がついた。外山さんはヒットの理由をこう分析する。
「まず、子どものための法律本というジャンルがこれまでになく、また法律の条文を訳すという発想もなかったこと。いじめをなくしたいというメッセージを軸に展開したこともよかった。データをとると、本屋さんで一番買っているのはいじめ問題に敏感な40代のお母さん、そしておじいちゃん、おばあちゃんたち。内容が内容ですから、大人の方が読んでためになったという感想がたくさん届いています」
弘文堂は、東京・神田駿河台に本社を置く法律関係書籍・社会学書籍を専門とする出版社だ。法律に詳しい編集者や監修スタッフをたくさん抱えている。そして、児童書が法律を扱ってはいけないという決まりはどこにもない。専門を生かしつつ、今いちばん元気のあるジャンルに新しい販路を求めたマーケティング戦略の勝利ともいえるだろう。ちなみに同社が児童書を出すのはこれが初めてという。
平尾 俊郎
フリーライター