理由2:リスクと機会の把握…ビジネスチャンスに転化
地球温暖化、少子高齢化、米中経済摩擦など我が国を取り巻く社会、経済、環境は、年々厳しいものになっている。人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)といった技術革新によって、将来の生活や産業構造がどのようなものになるのかイメージもつかめない。平成の30年間に上場企業の倒産は200件を超え、負債総額は20兆円に達したと言われる。現時点で安定している企業であっても、令和の時代を通じて持続的に成長してゆく保証はない。
企業が将来どのような状況におかれ、どういった役割を担うことになるのか、社会における存在意義はどこに見出せるか、早くから考えてゆく必要がある。そのためにSDGsは格好の参考資料となる。世界の有識者や実務者が、これまで何年もかけて今後の地球課題を議論してきた結集がSDGsである。SDGsの17のゴールと169のターゲットを見れば、これからの社会で何が問題となってゆくのかわかる。SDGsを参照することにより、自社のリスクはどこにあるのか、自社は、どのような問題にソリューションを提供する機会があるのか、考えることができる。
例えば、地球温暖化を阻むため、温室効果ガスの排出抑制が強く要請される。ゴール7(ターゲット7.2)では、再生可能エネルギーの利用拡大が目指される。もしも自社のビジネスが化石燃料に大きく依存しているのであれば、これは将来に大きなリスクとなる。2025年から2040年にかけて欧州諸国は、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止する予定であるが、これは、当該車種を主力とする自動車メーカーにとって大きなリスクである。その一方で、電気自動車や再生可能エネルギーを使う他の移動手段を開発することができれば、これは、自動車メーカーにとって新たなビジネスチャンスとなる。
社会面の課題についても同様である。日本企業、特に機械・機器メーカーは、男性の技術者や技能者に依存しているところが多い。今後、少子化がさらに進むにつれて、男性の若手人材確保がますます困難になることは十分に予想され、これも経営リスクとなろう。理科系の女性の人材登用を意図的に進めることは、こうしたリスクに備えるものであり、ゴール5(ターゲット5.5)の達成に寄与する。
さらに、技術開発に女性の視点を加えることで、新たな商品開発につながり、従来になかったマーケットが開拓されるなどして、新たなビジネスチャンスが生まれるかもしれない。社会の課題解決と企業利益の創出を同時に達成するという見方は、新しいものではない。日本には、近江商人の経営哲学として「三方よし」という表現があった。これは、「売り手によし、買い手によし、世間によし」という意味である。商売において売り手と買い手が満足するのは当然であり、社会に貢献できてこそ良い商売であるという考え方がある。
さらに、米国の経済学者マイケル・ポーターは、共有価値の創造(CSV:Creating Shared Value)という概念を紹介し、企業による経済利益活動と社会的価値の創出を両立させる経営戦略のフレームワークを提案した。社会的な課題とはビジネスの機会そのものであり、この課題解決がイノベーションを創出する源泉であると主張される。このCSVの考え方を早くから取り入れ、事業活動の骨幹と位置付けている企業がネスレである。同社は、事業が社会と最も深く交わる分野として、栄養、農村開発、水の3分野を取り上げ、社会的価値と事業価値の両者の創出に向けて事業展開している。日本企業の中では、キリングループの取り組みが際立っている。同社は、「酒類メーカーとしての責任」を前提に、「健康」、「地域社会・コミュニティ」、「環境」を重点課題として選定し、SDGsを参照しながら「CSVコミットメント(注5)」を策定している。
(注5)https://www.kirinholdings.co.jp/csv/commitment/
SDGsのターゲットを一つひとつチェックすることで、自社にとっての中長期的なリスクがどこにあるのか、あるいは課題解決にどのようなソリューションを提供できるか検討することができる。