理由3:ブランディング…優秀な人材確保への筋道に
ミレニアム世代と呼ばれる平成初期に生まれた世代は、社会や環境の持続可能性について関心が高いといわれる。廃棄プラスチック、海洋ごみ、社会格差、子供の貧困といった問題に強い興味を示している。若い世代が将来の持続性に危機を覚えるのは当然である。10年後、20年後、30年度は同世代にとっては、まさに現役で活躍している時期になる。2019年の国連気候行動サミットにおいて、スウェーデンの若き環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが、涙ながらに怒りのスピーチをしたことは記憶に新しい。
こうした世代にとって、企業がSDGsに前向きに取り組んでいるかについては、大きな関心事である。商品やサービスを購入するうえで、SDGsへの関与を示す企業が選好される。なぜなら将来の社会、環境にネガティブなインパクトを及ぼしかねない企業の製品を購入することは、自分自身の将来の生活に影響を与えるからである。あるいは就職活動生が就職先を考える際も、SDGsへの取り組み状況がチェックされる。持続的開発に向けたシナリオを示すことができない企業に就職しても、未来が見えないからである。SDGsに後ろ向きの企業は若い世代の関心を集めることができず、市場から徐々に排除されてゆくことになりかねない。反対に、SDGsへの取り組みを明確に示すことができれば、若い世代の注目を引き付け、ブランド価値を高めることになる。また、意欲のある若くて優秀な人材を引き寄せることもできる。SDGsへの取り組みは、企業のブランディングのうえでもツールになる。
もっともSDGsにはISOなどと異なり、認証基準のようなものがあるわけでない。SDGsのロゴの利用も許認可が必要ではなく、国連が定めたガイドライン(注6)に従えば、誰でも使うことができる。そこで、企業のSDGsへの貢献を評価するため、日本では、特定企業や団体を表彰する制度がつくられている。日本政府(SDGs推進本部)は、2017年に「ジャパンSDGsアワード」を創設した。これは、SDGsの達成に向けて優れた取り組みを行う企業・団体などを表彰するための制度である。SDGs達成に「極めて顕著な功績があったと認められる企業・団体など」は内閣総理大臣からSDGs推進本部長賞が与えられる。いまだ受賞企業の数は限られているものの、こうした表彰制度がSDGsに貢献する企業のブランディングに役立つものであろう。
(注6)https://www.unic.or.jp/files/SDG_Guidelines_AUG_2019_Final_ja.pdf
これに類する制度は自治体レベルでも導入されている。例えば、長野県は、2019年に「長野県SDGs推進企業登録制度(注7)」を創設した。これは、「環境」、「社会」、「経済」の3側面を踏まえ、企業などが経営戦略としてSDGsを活用することを支援する制度である。初年度には2回の応募を受け付け、合計で162の企業や団体がSDGs推進企業として登録された。登録企業、団体は、自らのSDGsへの取り組みが県のウェブサイトで紹介される。また、長野県が作成した独自のSDGsマークをホームページやパンフレット、名刺などに利用することが認められる。
(注7)https://www.pref.nagano.lg.jp/sansei/tourokuseido.html
SDGsに認証などがない状況下で、真摯にSDGsに取り組む企業を政府や自治体が表彰、登録することは、当該企業のブランド力を高めるうえで役に立つ。
【コラム】SDGs」ウォッシュとは何か
SDGsへの取り組みは企業のブランディングのツールとなる。だが、安易にSDGsを使うと、それは諸刃の剣になり得る。実態が伴わないのにも関わらず、SDGsへの貢献を大げさにアピールするならば、それが表面的な繕いであることはいずれ明らかになる。アピールが大げさであればあるほど、消費者や顧客にとっては裏切られた思いが強くなる。こうした実態が伴わないうわべだけのSDGsブランディングのことを「SDGsウォッシュ」と呼ぶ。
このSDGsウォッシュは、1980年代後半に欧米の環境活動家が使ったグリーンウォッシュという言葉がベースになっている。当時、地球環境問題への関心が高まり、自然に優しく、「エコ」で「グリーン」な製品やサービスが注目された。そこで、環境意識が高い消費者へのアピールを狙い、自社製品がエコでグリーンであると戦略的にイメージ付けする企業が増えることになった。だが、実際には、記述内容が曖昧だったり、因果関係が見出せなかったり、ネガティブな事情が隠蔽されるといった状況が散見されるようになった。こうした企業がグリーンウォッシュ企業と批判された。
ロンドンに拠点を持つ広告代理店であるFuterra社は、グリーンウォッシュのパターンを次のように整理している(注8)。
(注8)“Selling Sustainability PRIMER FOR MARKETERS”, Futerra, 2015. https://www.wearefuterra.com/wp-content/uploads/2015/10/FuterraBSR_SellingSustainability2015.pdf
✓ 曖昧な表現:明確な意味のない単語又は用語(「環境に優しい」など)
✓ 汚染工場がつくる環境に優しい製品:川を汚染する工場でつくられた省エネ電球など
✓ 思わせぶりなイメージ写真:緑の印象を示す画像(例:排気管から咲く花)
✓ 小さな貢献で他を隠す:好事例をひとつ示すことで、他全体の問題から目を逸らさせる
✓ 小集団の中だけの比較:業界全体に問題があっても、その中で少しだけ優れていることをアピールする
✓ 表現内容への不信:不健康な製品をグリーン化しても意味はない(例:環境にやさしいタバコ)
✓ 難解な用語:科学者だけが確認又は理解できる専門用語と情報の羅列
✓ 架空の第三者:あたかも第三者が客観的に承認したように見えるラベル付け
✓ 証拠不足:正しいと信じるための証拠が示されない
✓ あからさまな嘘:捏造された情報又はデータ
このようなグリーンウォッシュで指摘された問題は、SDGsにそのまま当てはまる。日本企業のウェブサイトや各種報告書の中で、SDGsへの取り組みをアピールしているケースは多いが、事業や活動とSDGsゴール/ターゲットとの結びつきが明らかでないことも少なくない。また、一部の好事例を誇張することで、他のネガティブな状況を隠すケースもあるかもしれない。
グリーンウォッシュが問題視された1980年代と比べ、現在はSNSの普及により、以前とは比較にならないほど、情報が容易に拡散されるようになっている。もしもSDGsへの貢献をアピールする企業において、環境面、雇用面、人権面などで深刻な問題が発見されれば、それは瞬く間に世界で共有されることになろう(注9)。
(注9)社会・環境分野の活動家やNGOなどは、世界各地での情報収集のノウハウや分析能力をつけてきている。例えば、英国ベースの国際NGOであるOxfamは、「Behind the Brands 」というウェブサイト(www.behindthebrands.org)を通じて、欧米の主要食品メーカーの環境、社会、ガバナンス面のパフォーマンスの調査結果を公開している。コカ・コーラの得点は57点、トワイニングは36点などと示されている。
SDGsへの取り組みは企業のブランディングに役立つものであるが、使い方を誤ると逆効果になりかねない。まずは、マテリアリティ(重要事項)分析などの機会を通じて、自社にとって優先的なSDGsゴール・ターゲットを特定してゆく必要がある。そのうえで、SDGsを自社の中長期的な経営戦略の中にはっきりと位置付けてゆくことが重要である。SDGsを経営に活用し、事業を整理し、これを外部に説明してゆくステップについては、『SDGs経営の羅針盤』の第4章で解説している。
三井 久明
株式会社国際開発センター SDGs 室長/主任研究員
一般財団法人国際開発センター SDGs プログラムリーダー
早稲田大学理工学術院非常勤講師(国際協力論)