コロナで露呈「日本の科学力の低下」各国に劣る医学部の窮状

緊急事態宣言が解除され経済活動が徐々に再開されている一方、第2波への懸念も高まっている日本社会。秋田大学医学部に在籍する宮地貴士氏は、コロナ禍で露呈した医療業界の問題の1つとして「科学力の低下」を指摘している。 ※「医師×お金」の総特集。GGO For Doctorはコチラ

「医師国家試験予備校」となり果てた大学医学部の窮状

新型コロナウイルス感染拡大によりこれまで議論が先送りにされてきた様々な社会問題が露呈するなか、特に深刻なのが日本の科学力の著しい低下である。

 

文部科学省科学技術・学術政策研究所の発表によれば、世界保健機関(WHO)の新型コロナウイルス関連データベースに掲載された論文のうち日本人が筆頭著者だったものは56報であり、世界17位だった。1位の中国(1158報)、2位の米国(1019報)とは比較するに及ばず、韓国の72報や台湾の61報よりも少ない。量が多ければいい、というわけではないが、未知なる感染症と戦う上で、各国の取り組みや経験を論文という形で世界に共有していくことは非常に重要だ。

 

日本の科学力を底上げするには、教育現場から国の政策まで大幅に改革する必要がある。その一翼を担っているのが大学医学部であることは間違いない。

 

2017年度における国立大学運営費交付金の金額が高い上位41大学には、東京工業大学を除き、すべてに医学部が存在する。その大学医学部は新型コロナウイルスによって従来行ってきた病院での実習が中止になるなど、今まさに大幅な改革を余儀なくされている。Withコロナ、そして、Afterコロナの時代にふさわしく、社会のニーズに柔軟に対応できる医師を養成する必要がある。

 

そのためには、医学部生のころから未知なる問題に対してこれまで先人たちが明らかにした情報を先行論文から集め、客観的なデータを分析し、自分の考えを発信する訓練を積む必要がある。一言でいえば、科学論文を書く力を鍛えていく必要がある。

 

では、医学部での教育はどうなっているのだろうか。

 

残念ながら、基礎医学に興味を持ち研究室で実験に励む一部の学生を除き、大半の学生にとって科学論文を書くような機会はない。課題レポートを出されることはあるが、ほとんどが「ある疾患について病態と治療をまとめろ」という程度のものだ。ネットで調べればすぐに出てくることであり、一切頭は使わない。

 

大学医学部はまるで「医師国家試験予備校」のようになっている。現在、実習に代わって行われているオンライン講義ではそのほとんどが国家試験問題演習だ。下級生のころからカリキュラムはほぼ決まっており、講義の出席まで取られる。生徒の自由時間は奪われ、受け身になり、学問への興味も薄れてしまう。科学者としての基本である好奇心は育っていかない。これでは日本の科学力を支える人材は育たず、世界の議論から遅れをとってしまう。

 

医学部の役割は医師免許所有者を生み出すことだけではない。医師は医学者でもある。医学という学問を研究し、その発展に貢献する者だ。そして功績は論文という形で世界にシェアされる。大学医学部は国家試験対策という画一的な教育を改め、医師かつ医学者を育てる方向にかじを切るべきだ。

 

問題の根は深い
問題の根は深い

アフリカのコロナ拡大に関する誤解が解けた

科学論文というと非常に重たいイメージを持つ方が多いだろう。「博士課程に入ってから書けばいい。医学生が取り組むことじゃない」。そう言われたこともある。筆者も最近まで、論文=原著論文だと思い込んでおり、数ヵ月もかけて取り組む大変な作業だと考えていた。

 

もちろん、基礎医学の研究や公衆衛生の疫学調査、新薬や新しい治療法の有効性を示す大規模な臨床試験などは数年かかるものもある。だが一方で、ジャーナルに掲載された論文に対するコメントや重要な点を400文字程度でまとめたレターやコレスポンデンスと呼ばれるものは原著論文に比べればはるかに負担は少ない。これらは医学生たちが論文を書く一歩目として最適だろう。

 

もちろん文字数は少ないとはいえ、ジャーナルに受理されるにはその分野で長年の経験を積んだ熟練者である編集長に認められなければならない。彼らの目にとまるにはその問題の背景を抑え、論理的に自らの主張を述べる必要がある。

 

教科書的な内容は当然理解した上で、さらなる情報を先行論文から集める。原著論文に比べたら作業量は少ないかもしれないが、押さえるべきポイントは変わらない。仮にジャーナルに受理されれば、社会からのフィードバックもあり、モチベーションも非常に高まる。何かを継続する上で大切な「小さな成功体験」を積み重ねていくことができる。

 

筆者は昨年度から医療ガバナンス研究所の先生方に指導してもらい、これまで4報のレターを書いている。最初は国民の政府への信頼と予防接種の普及に関して調査し、英国の医学誌である『The Lancet』に発表した。それを機にワクチン接種が進まないことに頭を抱えていた小児科医から相談を受けることになった。

 

次に新型コロナウイルスのアフリカ大陸への流入経路についてまとめ、『Epidemiology and Infection』に発表した。アフリカの一部の国ではアジア人が新型コロナウイルスを広めたとして、差別的な行為が広がっている。だが、調査の結果、ウイルスはアジアから直接もたらされたのではなく、ほとんどの場合で欧州や中東から流入したことが分かった。アフリカ人の友人からは「しっかりとしたデータを示してくれてありがとう」という言葉をもらった。いずれにしても、自分の取り組みが誰かの役に立っていることが分かった。

科学力の低下に「人手不足に苦しむ大学」はどう戦うか

レターのテーマはこのような公衆衛生分野に限らない。臨床医学も論文を書くことを通して、学びを得ることができる。

 

たとえば、先月、『The Lancet』に掲載された乳癌の手術後に行われる放射線治療に関する論文へのレターを書いた。乳癌の治療として乳房部分切除や温存術が行われたあと、放射線治療が行われる。日本では5週間かけて治療することが一般的であるが、イギリスやカナダの場合は3週間であり、最新の論文では1週間でも有効だという報告がされていた。これに対して、1回当たりの照射線量が増加することのリスクや研究のフォローアップ期間となっていた5年では晩期障害が十分に把握できない点などを指摘した。

 

レターが掲載されたらもちろん嬉しいが、それ以上に、このような特訓を積むこと自体に意味がある。先行論文を読み、問題点を列挙し、論理的に自分の主張をまとめる。医学者になるための特訓だ。

 

もちろん、現場に出ていない学生だけでこのような活動ができるわけではない。日ごろそれぞれの問題と向き合っている指導者からのサポートが必要だ。政府への信頼と政府の事業である予防接種の関係というアイデアは、長年国を背負って国民と向き合ってきた元財務省財務事務次官、佐藤慎一さんからいただいた。

 

また、乳癌治療に関する論文は、福島県いわき市にあるときわ会常磐病院に勤める乳腺外科医、尾崎章彦先生からアイデアをいただいた。日本では乳癌術後に実施される放射線治療の期間が5週間と海外に比較して長い。比較的若い方々が罹患することが多い乳癌ではそれがしばしば患者さんの重荷となる。その現実を見てきた先生だからこそ、Lancetに掲載された論文の重要性を理解していた。

 

このように、現場で働く方々の指導の下、レターやコレスポンデンスを書くことを通して科学力を鍛えていく教育を大学医学部にも導入できないだろうか。これまでの医学教育に比べたら、教員の負担は増えるだろう。生徒一人一人と向き合い、また、自分自身も論文を読み込む必要があるからだ。

 

大学は慢性的な人手不足に苦しんでいる。そのため、このような個別的な教育は難しいのかもしれない。規制当局である文部科学省や厚生労働省によるがんじがらめのルールもあるだろう。だが、できない理由を挙げるのではなく、実行する方法をぜひ考えてもらいたい。

 

たとえば、現在教員の負担になっている講義はすべてなくしてもよいはずだ。オンラインであれば録画したものを使いまわせる。また、民間の医師国家試験対策予備校が非常にわかりやすい講義を提供している。予備校は試験対策のプロであり、議論の余地はない。

 

新型コロナウイルスによって否応なしに改革を迫られた今こそ、高等教育とは何かを問い直し、根本的な改革をするチャンスだ。大学医学部の度胸と力量に日本の未来がかかっている。

 

 

宮地 貴士

秋田大学医学部

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秋田大学医学部医学科5年 医学生

ザンビア・ブリッジ企画代表。秋田大学医学部医学科5年、アフリカ南部に位置するザンビア共和国で医療支援に取り組む医学生。2019年6月から2020年3月まで現地で診療所の建設に取り組んでいたが、新型コロナウイルスの蔓延を受け緊急帰国。

著者紹介

医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から研究し、その成果を社会に発信していく特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」による学会。「官でない公」を体現する次世代の研究者の育成を目的とし、全国の医療従事者が会員として名を連ねている。

著者紹介

連載医療従事者が本音で語る「日本社会」の現状~GGO For Doctor

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