日本独自の医師のあり方を見直すときが来た
――救急の現場に人が集まらないのは、労働環境以外にも理由があるのでしょうか?
あとは、医師の専門性にも問題があるかもしれません。研修医のときには総合医療を学びますが、そのあとは自分の専門に進みます。日本の医療の専門は臓器別に分かれているんです。ただ、高齢化の中で、救急に運び込まれてくる患者さんの病態が一つでないケースが非常に増えています。いわゆる複合疾患といわれるものです。総合内科、総合診療ができる医師が圧倒的に少ないという問題があります。いま、専門医と総合医の割合はおおよそ8:2だと思いますが、本当は逆でもいいくらいです。医師の専門性を磨き続けるのは険しい道で、だいたい40歳くらいになると、開業するのが一つのパターンなんです。病院内で偉そうだった人が、開業した途端に腰が低くなるというのもよく聞きます。中途半端に専門医だと、下手をするとジェネラリストでもなければ、スペシャリストでもない医師になってしまうので怖いですよね。
――2018年に導入された、専門医制度も現状と合っていないのでしょうか?
はい、世の中のニーズとは逆の方向を向いているのではないでしょうか……。それに専門の選び方にも問題があります。フランスですと、各専門科に定員があり、成績上位者から順番に選べるという制度になっていますが、日本はそうではなく、志願制です。つまり、どのような研修医も希望の科があれば、基本的に行けるのです。そういった制度上の問題で、科の偏在が起きてしまっているんです。具体的にいうと、皮膚科や眼科にドクターが集中していると聞いたことがあります。なぜその2つに集中するかといえば、十分な集患が見込める上に、夜間の呼び出しがなく、医師に負担がかからないからです。
――そういえば、街中にも皮膚科と眼科は多いですよね。その他に、どのような科が人気なんですか?
ここ数年、麻酔科、放射線科、精神科は他の科に比べると大きく増えているんです。厚生労働省の資料を見ると、この3つの科は勤務医の週当たり勤務時間が少ないというデータがあります。そのことと関連性があるかもしれません。先ほどの、総合診療医と専門医の問題も含めて、医療のニーズと医師の制度とのボタンの掛け違えは、どこかで是正しなければいけないと思いますね。
――制度に関して、他に問題はあるのでしょうか?
一つの病院につき医師の数が足りていないという問題もあります。人口1000人当たりの医師数で見ると、OECDの中でも日本は平均を下回ります。しかし、病院の数は世界1位なのです。世界2位のアメリカの病院数が5000軒ほど、それに対し日本は8500軒以上の病院があるそうです。その問題の要因は、かつて人口が増加し、国に医療費が潤沢にある時代に、私立病院が増えすぎてしまったからといわれています。
それは開業医の方々が理事を務める日本医師会が、開業医の診療報酬を高めに設定していることとも関係があると思います。さらに私立病院は、より少ない人数でより多くの診療報酬を得ようとしますから、どんなに忙しくても患者さんを断らない。その割を食うのがアルバイトに来た医師です。
逆に大学病院サイドで見ると、診療報酬が少なく設定されているぶん、人件費が引き下げられ、現場の医師たちは他の私立病院などへアルバイトに行かざるを得ないという構造になっています。これを知ったときは、かなり腹が立ちました。大学病院には、名誉やインセンティブはあるけれど、お金はない、とはよくいわれるところですね。
――大学病院の医師の皆さんは、既に複業のような業務形態なのですね。そして、そのバイトがハードワークの一つの原因になっているということですか?
基本的に、アルバイトをしないドクターを見たことがありません。それは、日赤関連の病院、大学病院、総合病院でも変わりません。その理由は、アルバイトを前提とした収入で生計を立てていることもありますが、医局に所属しているとアルバイトに行かざるを得ないという事情も大きいと思います。いまでこそ、一般企業が参入しつつありますが、医師の人材を取り仕切っているのは、基本的には大学の医局ですから。
――この状態は、これからも変わらないのでしょうか?
いや、いまちょうど節目を迎えているところだと思います。先ほども少し話しましたが、働き方改革の存在が大きいです。バイトがいままでと同じようにできなくなることに、現場の医師たちは戦々恐々としています。個人での連続勤務に規制がかかると、いまと同じ数のバイトをこなすことができません。そうすると、収入を確保できなくなるから大変です。医師は、これまでのように稼げる仕事ではなくなってきているのかもしれません。勤務医からしたら、バイトで思うように稼げなくなり、開業医からしても集患などに苦労して経営が大変という声を聞きますから。