ビジネスで海外の人々と関わる際、自国の歴史の知識は必須だといえます。しかし、日本人が注意しなくてはならないのが「外国人に関心の高い日本史のテーマは、日本人が好むそれとは大きく異なる」という点です。本連載は、株式会社グローバルダイナミクス代表取締役社長の山中俊之氏の著書『世界96カ国をまわった元外交官が教える 外国人にささる日本史12のツボ』(朝日新聞出版)から一部を抜粋し、著者の外交官時代の経験をもとに、外国人の興味を引くエピソードを解説します。

天皇制は、常に政治的権力が伴っていたわけではない

このように世界最長の天皇制ですが、戦後がそうであったように常に政治的権力が伴っていたわけではありません。

 

世界では、近代以前は皇帝や国王というのは多くの場合、絶対的権力者です。家臣が実質的権力を担うことはありますが、それは例外的なことです。原則は、皇帝や国王が絶対的な権力者となっています。

 

ヤマト政権は、徐々に日本国内の支配地域を広げる一方、政権中枢では、蘇我氏、物部氏など有力豪族による抗争が続きました。蘇我氏の出自はよく分かっていないと言われますが、6世紀の蘇我稲目(いなめ)の時代には、それまで有力であった葛城(かずらき)氏に代わってヤマト政権の中で婚姻関係を通じて台頭してきました。同じく有力豪族として勢力を広げてきた物部氏を排斥して一時期はヤマト政権内部で一強といえる体制を築きました。

 

中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣(藤原)鎌足による乙巳(いつし)の変を経た大化改新により蘇我氏の宗家は排除されました。その後生まれた天皇親政や律令国家制樹立は、藤原氏による摂関政治、上皇による院政によって変形していきます。天皇の外威(母方の親戚)である摂政・関白や天皇の父方の尊属である上皇が権力を持つ時代が長く続き、天皇の政治的権力は低下しだします。

 

このように、特に皇帝を退位しても引き続き実質的な権力を握る例は、他の国ではほとんど見られません。多くの国では、皇帝や王位を退位した場合、退位した皇帝や王が力を持ち二重権力になることを怖れて、人知れず幽閉されてしまうこともあります。権力を握り続けることはあまりありません。

 

他の国々では、藤原氏のような特定の家系が長期にわたり権力を握ると、形骸化した皇帝や国王の臣下であることを良しとせず、自ら皇帝や国王になってもおかしくありません。

 

皇后やその外戚が権力を握り新たな皇帝になった事例は世界には多くあるのです。例えば、新の王莽(おうもう)や隋の文帝(楊堅)は、外戚としての立場から権力を強め、ついには皇帝になりました。

 

日本では、実質的な権力を行使できなくても、天皇としての地位自体は守りました。しかし、鎌倉時代以降の武家政権になると天皇の政治的権力はさらに低下していきます。

武家政権との対立的な構造が続いていた

鎌倉時代になり天皇の居住地・朝廷のある京都から遠く離れた鎌倉に武家政権が誕生し
ます。長きにわたり「東夷(あずまえびす)」と都人(みやこびと)から差別的な名称で呼ばれてきた東国の人々が政権を打ち立てたのです。これは画期的なことでした。

 

この点は、東西がお互い補完しあう日本の多様性の本格的な出発点としても重要です。

 

鎌倉幕府は、1221年の承久の乱を契機に西国を含めた全国政権になります(逆に言えば、承久の乱までは東国を中心とした政権でした)。朝廷に対する幕府の関与は強まり、天皇の後継問題にも介入するようになります。

 

これまで格下と思っていた武士から「次の天皇は〇にしなさい」と言われるわけですから、朝廷もたまったものではありません。武家政権とは対立的な構造が続くのです。

 

朝廷にマグマのようにたまったフラストレーションが爆発したのが、後醍醐(ごだいご)
天皇による、幕府打倒を目指した建武の新政です。

 

しかし、このときは既に武士の世になっており、武士の利害関係を十分に理解できない天皇の力で武士を抑え込むことはもはや無理でした。建武の新政は長く続くことはなく、再び朝廷ではなく武士の利害を理解できた足利尊氏により室町幕府が誕生します。

 

朝廷が南北に分かれる南北朝時代には、有力武士がそれぞれ推す朝廷を巡って抗争を繰
り広げました。三代将軍足利義満の時代に南北の朝廷は再び統一されました。

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世界96カ国をまわった元外交官が教える 外国人にささる日本史12のツボ

世界96カ国をまわった元外交官が教える 外国人にささる日本史12のツボ

山中 俊之

朝日新聞出版

ビジネスで海外の人々と関わるのであれば、自国の歴史の知識は必須だ。しかし外国人に関心の高い日本史のテーマは、日本人が好むそれとは大きく異なる。本書は海外経験豊富な元外交官の著者が外国人の興味を引くエピソードを解…

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