過去の失敗からどう学べばいいのか
過去を変えることはできません。しかし、過去の失敗から我々が学ぶことはできます。過去のコミュニケーション事例を分析し、何が有効で、何がまずかったのかを検討し、将来同じ間違いをくり返さないことが重要です。
最悪なのは過去の失敗から学ばないこと。官僚がときどき陥る、「俺たちは間違っていなかった」の無謬主義に陥ること。
リスク・マネージメントにおいて、「自分たちは間違っているかもしれない」という正当な自己への疑念は非常に重要です。「俺たちは間違っていない」「間違っているはずはない」という自己正当化のロジックが強すぎると、いざプラン通りにいかなかったときも、「想定外だった」「だから仕方なかったんだ」という自己正当化が起きます。そもそも、想定していなかったということ「そのもの」が問題だったことには思いが至らなくなるのです。そうして過去の間違いに対する反省は消え失せてしまいます。同じような失敗がくり返されます。
2009年の「新型インフルエンザ」の流行時には、厚生労働省が総括会議を行ないました。そのとき、包括的な予防接種意思決定機関の日本版ACIP(予防接種諮問委員会)の設立や、国立感染症研究所と厚労省の二重構造について改善を求める意見が出されました。
その後、予防接種制度についてはだいぶ改善しましたが、日本版ACIPはまだできていませんし、できる見込みもありません。国立感染症研究所と厚生労働省の二重構造は改善されないままで、例えば本書執筆時に流行しているエボラ出血熱についても、厚労省からと(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/ebola.html)、国立感染症研究所から(http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/a/vhf/ebora.html)、二重に情報が流れています。
アメリカであれば、CDC(疾病予防管理センター)のホームページを見ればOK、という情報の一元化がなされていますが、こういうシンプルな仕組みも日本にはありません。何年も前から改善を求められていますが、一向に改善は実現しません。
同様に、「新型インフルエンザ」の総括会議においては、個々の医療現場における臨機応変な対応が大切で、霞が関の官僚が机上の空論で一意的に診療のあり方を決定してしまうのはよくない、と私は意見しました。
これに対する異論は出なかったのですが、2014年8月に、海外渡航歴のないデング熱の症例が発表されると、デング熱の診療マニュアル(案)が作られました
(http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/0000055600.pdf)。
マニュアルとは、一意的にそう行なうと決定しているものを指すのであり、診療現場がこのような「マニュアル」に拘束されるのは問題です。過去の失敗から学習していないのです(これは、ぼくらの批判を受けて、後に「ガイドライン」として改まりました。http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/20140916-02.pdf)。
自己を正当化ばかりして、改善に対するハードルが高い組織は、いざ間違いを犯しても、失敗し信頼を失っても、そこから学ぶことができません。
そしてこういう体質では、リスク・コミュニケーションは絶対に上手くいきませんし、それはリスク・マネージメントの失敗そのものにも直結しているのです。