新型コロナ感染拡大でパニックを避けることが重要な理由

新型コロナウイルス感染拡大で日本は緊急事態宣言が出され、外出自粛のパニック状態になった。新型コロナの集団感染が起こったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船し、動画を配信したことで話題となった神戸大学医学部附属病院感染症内科・岩田健太郎教授の著書『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)の一部を抜粋し、リスク・コミュニケーションの観点からパニックによる被害拡大を防ぐための方法を明らかにする。

なぜ「リスク・コミュニケーション」が必要か

リスクに対峙するときは、リスクそのもの「だけ」を扱っているのでは不十分です。リスクの周辺にあるものに配慮し、効果的なコミュニケーションをとることが大事になります。

 

世の中にはたくさんのリスクがあります。多くのリスクは、単にひとりの人に対するリスクではなく、複数の人を巻き込みます。

 

我々はリスクに関する情報をあちこちから入手します。意識して集めることもあれば、なんとなく耳に入ってくることもあります。前者の例としては、インターネットによる検索作業、後者は例えば、テレビのニュースから飛び込んでくる情報がそれにあたります。

 

2011年の東日本大震災のときにも、たくさんの情報が飛び交いました。ちょうどツイッターやフェイスブックが普及しだした頃で、こうしたソーシャルメディアを用いた情報収集、情報発信も盛んに行なわれました。役に立つ情報もあれば、役に立たない情報もあり、露骨な流言・デマも飛び交いました。

 

テレビの影響力も相変わらず大きなものでした。私たちは自動車や家屋をなぎ倒していく津波の映像に恐怖し、東電福島第一原発の爆発映像に戦慄しました。不眠不休で記者会見を行なう政治家に感動したり、不適切な発言をする政治家に怒りを覚えたり、失望したりしました。

 

このように、リスクにはコミュニケーションが非常に大きな影響を与えています。効果的なコミュニケーションは、リスクそのものを減らしたり、リスクに付随するパニックを回避するのに有効です。逆に、稚拙なコミュニケーションは、リスク回避失敗に直結し、リスク以上のパニックを惹起します。

 

効果的なリスク時のコミュニケーション、すなわちリスク・コミュニケーションがとても大切だということがご理解いただけましたでしょうか。

なぜ感染症に「リスコミ」が不可欠なのか

では、感染症というリスクについて考えてみましょう。感染症においてもやはり、効果的なリスク・コミュニケーションは非常に重要です。

 

感染症とは、微生物が原因になる病気のことをいいます。そこには、他の病気にはない、いくつかの特徴があります。

 

まず第一に、当たり前のことですが、感染症は感染します。つまり、人に伝染(うつ)るんです。ときに動物から、ときに人から、ときに食べ物や飲み物から……。心筋梗塞も、癌も、アルツハイマー病も怖い病気ですが、直接外からやってきたりはしません。

この「外からやってくる」というイメージが、感染症に特有の、ある種の恐怖を付随させます。

 

実際には、やってくるのは感染症の原因である微生物であって、感染症という病気「そのもの」ではありません。でも、イメージとしては、病気「そのもの」が外からやってくる感じです。多くの人にとって「黴菌」=「感染症」ですから。医療者の中にすら、いや、感染症専門家と自称する人々の中にも、そういう誤ったイメージを持っている人は多いものです。

 

外出自粛要請で日本人はパニック状態に。
緊急事態宣言の発令で日本人はパニック状態に。

 

第二の特徴は、感染症の原因は、ほとんど目に見えないということです。インフルエンザ・ウイルスも、結核菌も、肉眼では見ることができません。目に見えないものが伝播するという不確かさが、恐怖に拍車をかけます。

 

まれに、目に見えるものも「感染症」を起こすことがあります。例えば、条虫(さなだむし)。しかし、こういう目に見えるものは、たいていオドロオドロしい格好をしており、恐怖は増幅されることはあっても、減じることはありません。「条虫ってかわいい」なんて思うのは寄生虫マニアだけです(ちなみに岩田はかわいいと思います)。

 

それから、感染症を媒介するもの(ベクターといいます)も無視できません。こうしたベクターには、蚊とかダニとかノミがいます。こういう「ムシ」たちも、見た目に恐ろしく、ダーティーなイメージも強く、人に嫌悪感や恐怖感を植え付けます。

 

 

第三の特徴として、感染症はときに、短期的に集団発生します。ときに局地的に発生し、場合によっては世界中を巻き込んで広がっていきます。これも、心筋梗塞や癌やアルツハイマー病にはない特徴です。

 

とくに現代では、交通が非常に発達し、諸外国で流行した感染症も日本に容易に入ってきます。2014年のエボラ出血熱は、短期的に西アフリカで勃発し、広がっていきます。昔だったら「遠いアフリカの出来事」で片付けられていたかもしれない感染症に、極東は日本の我々が怯える時代になっています。

 

2009年に流行したH1N1インフルエンザは、当初、メキシコで局地的に流行していましたが、瞬く間にアメリカ、カナダと広がっていき、日本も含めた世界中で流行しました。

感染症は独特の恐怖感を惹起させる

こういう世界的な流行のことを「パンデミック」といいます。

 

一世紀近くさかのぼる1918年にも、インフルエンザのパンデミックは起きました。俗に「スペイン風邪」と呼ばれるこのときのパンデミックでは、世界中でインフルエンザが流行し、実に4000万人もの死者が出たといいます。

 

スペイン風邪と同時期に、第一次世界大戦が起きましたが(1914~1918年)、このときの戦死者(非戦闘員含む)が1000万~2000万人程度と言われています。当時、スペイン風邪というパンデミックが、いかに大きな恐怖を社会に与えたかが容易に推察できます。

 

ときに、このスペイン風邪はなぜ「スペイン風邪」と呼ばれているのか。実は、このときのインフルエンザの流行はアメリカから始まったそうなのですが、第一次世界大戦の影響を受けなかったスペインからの情報発信の影響が大きかったのです。それで「スペイン風邪」と名付けられたようです。こういうところでもコミュニケーションの影響が出ています。

 

短期的に集団に影響を及ぼす感染症の流行は、自然災害にたとえられるかもしれません。地震や津波、台風や大雨と似たような性格を持っています。いや、自然界がもたらした感染症の流行は、自然災害「そのもの」と呼んでもいいのかもしれません。

 

このように、感染症には他の病気にはないいくつかの特徴があります。そのため、感染症には独特の恐怖感を惹起する効果があるのです。その恐怖は、ときにまっとうなものであり、ときに的を射ていない恐怖です。だからこそ、効果的なリスク・コミュニケーションが重要になってくるのです。

 

岩田健太郎

神戸大学医学部附属病院感染症内科教授

 

神戸大学病院感染症内科 教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学病院感染症内科診療科長。著書に『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)、『感染症は実在しない』(インターナショナル新書)、『ぼくが見つけたいじめを克服する方法』(光文社新書)など多数。

著者紹介

連載新型コロナウイルスを正しく恐れる「リスク・コミュニケーション」入門

「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門

「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門

岩田 健太郎

光文社新書

新型コロナウイルスの感染拡大によって、緊急事態宣言が発令された。政府、自治体は不要不急の外出自粛の要請、学校の休校、さまざまな商業施設への休業要請も行われ、日本人はパニック状態になった。 エボラ出血熱、新型イ…

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