小池都知事の「ロックダウン」発言になぜ都民は屈したのか?

新型コロナウイルス感染拡大で日本は緊急事態宣言が出され、外出自粛のパニック状態になった。新型コロナの集団感染が起こったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船し、動画を配信したことで話題となった神戸大学医学部附属病院感染症内科・岩田健太郎教授の著書『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)の一部を抜粋し、リスク・コミュニケーションの観点からパニックによる被害拡大を防ぐための方法を明らかにする。

リスク・コミュニケーションのバリエーション

リスク・コミュニケーションには、「これ」というひとつのやり方があるのではなく、いろいろな方法をとることが可能です。例えば、リスク・コミュニケーションは、

 

クライシス・コミュニケーション

コンセンサス・コミュニケーション

ケア・コミュニケーション

 

など、いくつかに分類することも可能です。

 

どのタイプのリスク・コミュニケーションをとるべきか。それは、そのコミュニケーションの目的の性質から逆算して選択されます。目的に応じて手段が決定されるのです。目的に即した、もっとも効果的なコミュニケーションをとることが大切になります。

 

「クライシス・コミュニケーション」とは、クライシス、すなわち目下に迫った火急の危機におけるコミュニケーションのことを言います。

 

例えば、災害時のような緊急事態に用いられ、それはより「説得」口調で行なわれます。「今すぐこうしましょう」という強い口調を伴うのです。

 

「コンセンサス・コミュニケーション」とは、聞き手との双方向性の対話を通じて行なわれ、合意形成のために行なわれるものを言います。関係者すべてが参加することが可能で、またそうすることが望ましいです。あとで「オレは聞いていないぞ」という不満が出てくるのは好ましくないからです。いわゆるステークホルダー(関係者)の意見を全部吸い上げる必要があるのです。

 

とはいえ、ステークホルダー同士が同じ価値観を持っているとは限りません。いや、そうでないことがほとんどです。そして、リスク対応が、あるひとつのリスクだけに注目してよいわけではありません。あるステークホルダーにとって重大なリスクは、他のステークホルダーにとって大切なリスクとして噛み合っていないことも多いのです。

 

例えば、「新型インフルエンザ」と呼ばれた2009年のインフルエンザ・パンデミックのときは、インフルエンザ流行というリスクを減らすための「不要不急な外出の制限」というリスク対応は、「経済活動の縮小」というもうひとつのリスクを生みました。健康リスクと経済リスクの2つのリスクがバッティングしたのです。

 

また、性感染症や望まない妊娠を防ぐために性教育が行なわれますが、しばしば「性教育をすると性道徳の堕落という別のリスクを招く(寝た子を起こす)」と懸念する反対意見が出されます。

 

さらに、予防接種による感染症リスクの回避を目指す人は、予防接種そのものの副作用のリスクを回避したい人の反対に遭います。

 

このように、リスクは「あちらを立てれば、こちらが立たない」という相反する性格を持っており、「こうすれば正しい」という一意的な正論はそう多くはありません。だからこそ、ステークホルダーをすべて集め、バラバラな目標をより大きなひとつの目標にまとめ、効果的なコンセンサス・コミュニケーションをとることが重要なのです。

 

最後の「ケア・コミュニケーション」とは、リスクについて十分に科学的データや情報が集まっており、どうそれに対峙したらよいか、いわゆるエビデンスも集積されており、科学的知見についておおむね合意が得られているときに用いられます。

 

例えば、シートベルトが交通事故における死亡率を減らしてくれる、みたいな知見です。

コミュニケーション手法は手段でしかない

とはいえ、残念ながら、医療においてはシートベルトやパラシュートの効果のようなはっきりした科学的真理が明示されていることは多くありません。どんな医療にも、反対を唱える意見は出てきます。

 

B型肝炎ワクチンがB型肝炎ウイルス感染症の予防に有効なことは、基礎医学的にも臨床医学的にも相当量のデータが示されており、専門家の間では科学的合意が形成されています。

 

しかし、それは安全性が完全に証明された、という意味ではありません。比較的安全と言われるB型肝炎ワクチンでも、ごくまれに副作用が起きることもあるのです。

 

また、予防接種の安全性に疑いを持つ人も少なくなく、「ワクチンに含まれる成分は身体に有害だ」という意見も後を絶ちません。

 

そういう意味では、厳密な意味でのケア・コミュニケーションというのは、医療の世界ではやや使いにくいと私は思います。

 

というわけで、教科書的には、リスク・コミュニケーションは先述のように、クライシス・コミュニケーション、コンセンサス・コミュニケーション、ケア・コミュニケーション、の3つに分けられているのですが、医療、そして感染症を扱う場合には、ほとんどが、

 

クライシス・コミュニケーション

コンセンサス・コミュニケーション

 

の2分類でよいと私は思います。

 

東京・歌舞伎町から人がいなくなった。
東京・歌舞伎町から人がいなくなった。

 

それぞれのリスク・コミュニケーションの戦術については、使い方を間違えると、大変なことになります。

 

津波が来たときは、コンセンサス・コミュニケーションをとって「合意形成をしましょう」なんてのんびり対話をしている時間はありません。説得口調のクライシス・コミュニケーションの方が目的に合致しています。

 

逆に、避難所の運営については時間をかける必要があり、相手の言い分も聞かずに説得口調のクライシス・コミュニケーションをとるのは妥当ではありません。関係者一同を集め、みんなでゆっくり話し合うコンセンサス・コミュニケーションの方が、より目的に合致しているでしょう。

 

もっとも、両者は完全に分断された別の概念というわけではありません。クライシス・コミュニケーションにおいてもある程度のコンセンサスは必要ですし、コンセンサス・コミュニケーションにおいても説得口調が必要なときもあります。

 

要するに「程度問題だ」ということです。

目的を達し、結果が出せるかどうかである

また、リスク・コミュニケーションは、トピックに応じて分類することも可能です。トピックは、環境問題かもしれないし、原発の安全性かもしれません。本書のように、健康、医療──とくに「感染症」という限定的なテーマに焦点を絞ったリスク・コミュニケーションがトピックかもしれません。

 

フェルディナン・ド・ソシュールが「構造主義」という概念で看破したように、ものごとの分類は恣意的にいろいろな形で行なうことが可能なのです。この分類でなければいけない、という教条的な決まりや科学的な真実があるわけではないってことです。

 

私がリスク・コミュニケーションを、

 

クライシス・コミュニケーション

コンセンサス・コミュニケーション

 

の2分類に敢えて簡略化し、なおかつ両者の間にはグレーゾーンがたくさんありますよ、と言うのはそのためです。

 

日本のリスク・コミュニケーションにおいては、教科書的な分類を暗記することに汲々となってしまい、その分類の「キモ」をつかみ取れないことが多いです。本質よりも形質を重視してしまうのです。そのため、分類そのものに振り回され、それを恣意的に換骨奪胎する自由な精神と勇気を欠いていることがあるように思います。

 

目的のためにマニュアルを作ったのに、そのマニュアルに従わねば……と本来の目的を達成できなくなってしまうような逆説は、よく観察するところです。

 

くり返しますが、要するにリスク・コミュニケーションは手段に過ぎません。目的を果たし、「結果」が出せればそれでいいんです。

 

医療においても、

 

クライシス・コミュニケーション

コンセンサス・コミュニケーション

 

の2分類は有効です。

 

エボラ出血熱の患者が搬送されてきたときには、感染対策の責任者が、トップダウンで「ああしろ、こうしろ」と命令するシステムを発動させるのが有効です。クライシス・コミュニケーションの発動です。「さあ、どうしたらよいのかみんなで考えよう」なんて、生死の狭間に苦しむ患者をそっちのけにして話し合いをしていてもしようがありません。

 

コンセンサス・コミュニケーションは、例えば、病棟における患者隔離の方法を「事前に」決定するときなどに用います。感染症伝播を防止するために、マスクやガウンの使い方を決めるとき、トップダウンで感染対策チームが決めてしまうと現場から不満が出てくることがあります。理論的に正しいやり方でも、「机上の空論」になってしまうことはよくある話です。

 

そういうときは、現場目線を取り入れるために、双方向的なコミュニケーションを行ない、コンセンサスを築いていく必要があるのです。

 

先ほどのエボラ出血熱の例でいうと、患者が発生したときの対応は、クライシス・コミュニケーションの範疇に入りますが、患者が発生していない時点での事前の準備段階では、コンセンサス・コミュニケーションの方が重要になります。

 

ここでも、目的から逆算して、効果的な方法を選択することが重要なんです。

 

岩田健太郎

神戸大学医学部附属病院感染症内科教授

神戸大学病院感染症内科 教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学病院感染症内科診療科長。著書に『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)、『感染症は実在しない』(インターナショナル新書)、『ぼくが見つけたいじめを克服する方法』(光文社新書)など多数。

著者紹介

連載新型コロナウイルスを正しく恐れる「リスク・コミュニケーション」入門

「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門

「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門

岩田 健太郎

光文社新書

新型コロナウイルスの感染拡大によって、緊急事態宣言が発令された。政府、自治体は不要不急の外出自粛の要請、学校の休校、さまざまな商業施設への休業要請も行われ、日本人はパニック状態になった。 エボラ出血熱、新型イ…

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