新型コロナウイルス感染症を踏まえたM&A実務の留意点(Ⅱ)

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『M&Aニューズレター(2020/5/26号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

 

※本ニューズレターは2020年5月25日までに入手した情報に基づいて執筆しております※1

※1 本稿では、2020年4月8日付ニューズレター「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を踏まえたM&A実務における留意点(Ⅰ)」に記載されている事項のアップデートは記載しておりません。

5. 法務デュー・ディリジェンス(Legal Due Diligence Review)

(1)デュー・ディリジェンスの手続

 

M&A取引のデュー・ディリジェンスでは、一般的に、対象会社のマネジメントによるプレゼンテーション、対象会社の役職員に対するインタビュー(Q&Aセッション)、サイトビジット等が行われますが、人との接触をできる限り避けるべき状況下では、通常通りの対面の会議等の形式での実施を避けることも検討が必要となります。ウェブ会議や電話会議の方法でこれらを実施することが考えられますが、その準備や実施に通常よりも時間がかかる場合もあり、また、円滑なコミュニケーションができるように実施方法に工夫が必要になります。

 

法務デュー・ディリジェンスで買主側に開示する契約書、議事録、社内資料等は、近時、電子ファイル化してヴァーチャル・データ・ルーム(VDR)にアップロードするケースが多くなっています。オフィスへの出社が制限されるために原本にアクセスできずに電子ファイル化ができなかったり、アップロード作業に通常よりも時間がかかる等の支障が生じると考えられます。

 

また、買主側からの質問や追加の資料開示要請に対応するにあたり、社内の担当部署に資料作成や回答の準備を依頼しても、リモートワークのためにそれらの実施に通常よりも多くの時間を要するといった事態も想定されます。このような制約から、法務デュー・ディリジェンスの実施に通常よりも時間がかかる場合があることを念頭に置く必要があります。

 

他社との接触を避けるべき状況において、M&Aに求められる実務
他社との接触を避けるべき状況では、いかに円滑に進められるかが重要

 

(2)法務デュー・ディリジェンスの調査対象(チェックポイント)

 

新型コロナウイルス感染症が各企業の財務状態や事業に甚大な影響を与えていることを踏まえて、新型コロナウイルス感染症が対象会社にどのような影響を与えているか、今後どのような影響を与える可能性があるかを慎重に調査すべきと考えられます。また、契約締結前の法務デュー・ディリジェンスでは想定されていなかった新型コロナウイルス感染症に関するリスクが、契約締結後クロージング前に発覚したような場合には、必要に応じて売主に対して追加の法務デュー・ディリジェンスを要請することも考えられます。

 

新型コロナウイルス感染症が対象会社の組織や事業の全体に影響を与えている場合も多いですが、法務デュー・ディリジェンスの主な調査対象としては、たとえば、以下の事項が挙げられます。

 

(a)事業に関する契約

 

新型コロナウイルス感染症により、対象会社が契約上の義務を履行することが不可能または困難となっている事態が想定されます。その場合には、対象会社が契約違反となるか、あるいは不可抗力条項が適用されて免責されるか、契約違反となった場合に契約の相手方から契約の解除や損害賠償請求をされるリスクがあるか等について調査することが考えられます。

 

同様に、対象会社の契約の相手方も契約上の義務を履行することが不可能または困難となっている場合があり得ます。その場合には、(ⅰ)契約の相手方(X社)が対象会社に対する部品・機器の供給やサービスの提供等ができなくなったときに、対象会社が他の契約の相手方(Y社)に対する義務の履行ができなくなるリスクがないか、(ⅱ)重要な契約の相手方のなかに、契約上の義務の履行ができない、営業を停止するまたは倒産する等のリスクがあるものが存在するか、存在する場合に取引先の代替可能性があるか、取引先を切り替えるまでにどの程度の時間を要するか等についても確認することが考えられます。

 

サプライチェーンが世界各国にわたっている会社も少なくないところ、新型コロナウイルス感染症の影響が全世界的に及んでいることから、対象会社が間接的・二次的・派生的な影響を受ける場合もあり、そのような影響を受けないかという観点からも確認が必要となり得ます。

 

(b)訴訟・紛争

 

新型コロナウイルス感染症による影響で、施設の閉鎖、イベントの中止、営業の停止等の対応をとった場合に、責任の所在や損失・費用の負担について契約上明確に規定されている例は必ずしも多くないと思われます。契約に不可抗力条項が規定されていたとしても、新型コロナウイルス感染症を想定した条項になっていない場合がほとんどで、不可抗力条項が適用されるか否かが一義的に明らかでない場合も少なくないため、当該条項の適用の有無について契約当事者間で見解が一致しないこともあり得ます。そのような観点も踏まえて、新型コロナウイルス感染症の影響により訴訟・紛争が生じる可能性がある取引先・顧客・ユーザーの有無、請求やクレームの有無・内容等についての確認を行うことが考えられます。

 

(c)労務

 

新型コロナウイルス感染症により休業を実施した会社もありますが、休業を実施した場合の賃金の支払義務の有無は休業の原因によって異なります。対象会社が休業を実施していた場合には、休業の原因を確認したうえで、賃金の支払義務を適法に履行しているかを調査することが考えられます。

 

新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた一部の営業の停止、事業所の統廃合、事業計画の見直し等に伴い、対象会社が整理解雇、減給、配転命令、有期労働契約の雇止め、採用の内定取り消し等を行った場合には、労働法令を適切に遵守しているかを確認することが考えられます。

 

また、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けてリモートワークを実施している会社も多く存在します。リモートワークでは、労働者が使用者と離れた場所で勤務をするため相対的に使用者の管理の程度が弱くなる結果、長時間労働を招くおそれがあることが指摘されています。対象会社がリモートワークを実施している場合には、労働時間管理が適切に行われているか(たとえば、法令に違反する長時間労働が発生していないか、労働時間の把握漏れが生じて未払賃金が発生していないか等)についても調査することが考えられます。

 

(d)データプライバシー、サイバーセキュリティ

 

新型コロナウイルスの感染拡大防止対策等を理由に、従業員や来訪者から、症状の有無、診断結果、病歴、渡航歴、体温等の個人情報(要配慮個人情報に該当するものもあります)を取得する場合もあるところ、このような対応について個人情報保護法を遵守しているかを確認することが考えられます。

 

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、初めてかつ緊急的に全面的なリモートワーク体制に移行した会社も多く、移行までにサイバーセキュリティ対策を万全に講じることができなかった会社もあると思われますが、情報漏洩等が生じてしまった場合には対象会社の企業価値に甚大な影響が生じるリスクがあります。そのため、リモートワーク体制下でのサイバーセキュリティリスク対策についても調査することが考えられます。

 

また、リモートワークの実施により、これまでは会社外に持ち出すことがなかった守秘性の高い情報や個人情報を役職員の自宅で取り扱うことになった会社もあると思われますが、法令を遵守した取扱いがなされているか、データプライバシーに関する許認可に影響がないか等についても調査することが考えられます。

 

(e)保険

 

新型コロナウイルス感染症により、上記(a)から(d)のような通常時にはあまり想定されていなかったリスクが生じており、そのリスクが現実化して対象会社に損害が発生する可能性があります。付保されている保険で対象会社のリスクがどの程度カバーされているかについても調査することが考えられます。

6. クロージング前の義務(Pre-Closing Covenants)

(1)クロージングまでの対象会社の事業運営に関する義務(Interim Operating Covenants)

 

買主は、対象会社の価値評価を行い、売主と交渉したうえで譲渡価額について合意してM&A取引契約を締結することになります。契約締結時からクロージング時までに相当の期間を要することも少なくありませんが、買主としては、この間に対象会社の企業価値が維持されるようにするための契約上の手当てが必要になります。そこで、売主のクロージング前の義務として、善良な管理者の注意をもって、対象会社をして、通常の業務の範囲内において事業を遂行させる旨を規定することが一般的です。通常の業務の範囲内であるか否かは一義的に明らかでないことから、買主の事前の同意を得なければ行うことができない対象会社の行為を具体的に規定したうえで、買主は当該同意を不合理に留保または遅延してはならない旨を規定することも多く見られます。

 

対象会社の従業員に新型コロナウイルスの感染者が発生して急遽オフィスや工場を閉鎖する場合、都道府県知事の要請を受けて店舗や施設を閉鎖する場合、急激にキャッシュフローが悪化してコミットメントラインのドローダウンを行う場合、一部の従業員を休職させたり解雇する場合等、新型コロナウイルス感染症への対応で、通常の業務の範囲外に該当しうると考えられる行為を急遽行わなければならない事態も想定されます。

 

買主側で事前同意の意思決定を迅速に行うことがむずかしい事情があるような場合には、同意を得るのに時間を要した結果、新型コロナウイルス感染症への対応が迅速に行えないことになってしまうような状況もあり得ます。そのため、売主としては、新型コロナウイルス感染症に関する対応全般、あるいは、法令または行政機関の命令・要請・指示に基づく新型コロナウイルス感染症に関する対応については、買主の事前同意の対象外としたい場合もあると考えられます。

 

他方で、施設の閉鎖、資金調達等は対象会社の事業または財務状態に重大な影響を与える可能性があるため、買主としては事前同意の対象に含めたいと考えられます。

 

このように、新型コロナウイルス感染症に関する対応を迅速に行いたい売主側の要請と対象会社の企業価値が損なわれる行為が行われないようにしたいという買主側の要請の調整をM&A取引契約に規定することが考えられます※2。たとえば、売主が買主に、M&A取引契約を締結する前に、新型コロナウイルス感染症への対応に関する対象会社のアクションプランを提示したうえで、そのプランの範囲内では買主の事前の同意なく当該行為を行うことができる旨を規定する等の対応をすることが考えられます。また、たとえば、緊急性のある一定の事項については、所定の時間内に買主が回答しない場合には当該行為を実施することができる旨を規定することも考えられます。

 

※2 契約締結後クロージングまでの間に、売主が買主の同意を得ずに一定の行為を行った結果契約当事者間で争いになる場合もあります。たとえば、2020年2月20日に公表されたSycamore PartnersがL BrandsからVictoria’s Secretの55%の株式を取得する契約について、Sycamore Partnersは、Victoria’s Secretが、新型コロナウイルス感染症への対応として、従業員の一時的な休職(furlough)や減給、賃料の不払い等を行ったことが、通常の業務の範囲内において事業を遂行する義務に違反したとして、契約の解除を請求しました。その後、Sycamore PartnersおよびL Brandsは、5月4日に、両社の合意により契約を解除した旨を公表しました。また、2020年1月28日に公表されたBorgWarnerがDelphi Technologiesの全株式を取得する契約について、Delphi Technologiesが新型コロナウイルス感染症への対応として、BorgWarnerの同意を得ずに5億米ドルのリボルビングクレジットファシリティを全額引き出したところ、BorgWarnerが Delphi Technologiesに、3月30日に、当該行為がInterim Operating Covenantsに違反するため、30日以内に違反を治癒しない場合にはBorgWarnerに契約の解除権が発生する旨を通知しました。これに対して、Delphi Technologiesは、BorgWarnerが同意を不合理に留保した旨を主張していました。その後、BorgWarnerおよびDelphi Technologiesは、5月6日に、リボルビングクレジットファシリティの引出しにBorgWarnerが同意したうえで、買収対価を引き下げることに両社が合意した旨を公表しました。

 

(2)対象会社の情報へのアクセス権

 

M&A取引契約に、契約締結からクロージングまでの間、買主が合理的に要求する場合に、対象会社の帳簿、記録その他の情報への合理的なアクセスを認める旨を規定することも少なくありません。買主が、契約締結からクロージングまでの間対象会社の財務状態等をモニタリングする必要があり、また、クロージング後に買主が円滑に事業を遂行するための準備に必要な情報を入手する必要があることから、このような規定が定められます。加えて、契約締結前の法務デュー・ディリジェンスでは発見されなかったリスクが契約締結後クロージング前に発覚したような場合に、追加の法務デュー・ディリジェンスを行うための条項としても機能します。

 

新型コロナウイルス感染症の影響により、M&A取引契約締結後に対象会社に新たなリスクが発見されたり、対象会社の財務状態等に重大な影響が生じる可能性があり、また、新型コロナウイルス感染症による影響を踏まえたクロージング後の対象会社の事業遂行の準備のために、買主としては、このような情報のアクセス権を定めておく必要性が通常よりも高まっているといえます。

7. 表明および保証

(1)表明保証事項

 

買主は対象会社に関する一定の認識を前提として譲渡価額を合意します。買主は売主による表明保証の内容もその前提としているため、表明保証の内容と対象会社の実際の状態が異なっていた場合に、買主がクロージングの実施を留保したり、売主に対する補償請求ができる旨を規定することが一般的です。

 

買主としては、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて、売主による対象会社に関する表明保証の内容・範囲をできるだけ広げることが考えられます。たとえば、(ⅰ)上記5.(2)(a)のとおり、新型コロナウイルス感染症の影響で対象会社またはその契約の相手方が契約上の義務の履行が不可能または困難となっている可能性があることから、買主としては、対象会社またはその契約の相手方による債務不履行事由等は発生しておらず、またそのおそれもないことを規定したい場合があります。

 

また、(ⅱ)新型コロナウイルス感染症の影響で対象会社に通常の業務遂行の過程で発生する債務以外の債務が発生している可能性があることから、買主としては、開示された計算書類に記載されていない潜在債務が対象会社に存在していないことや、計算書類の作成基準日後に対象会社の事業、資産、負債、財務状態、経営成績、キャッシュフローまたは将来の収益計画に重大な悪影響を与える事由または事象(いわゆる後発事象)が発生していないことを規定したい場合があります。

 

加えて、(ⅲ)上記5.(2)(b)のとおり、新型コロナウイルス感染症による影響で義務の履行ができなかった場合の責任の所在や、不可抗力条項の該当性等について争いが生じている可能性があることから、買主としては、対象会社を当事者とする紛争は存在せず、かつ、紛争が発生するおそれもないことを規定したい場合もあると考えられます。

 

売主としては、表明保証違反となるリスクを低くするために、(a)新型コロナウイルス感染症によるものを表明保証の対象からカーブアウトする、(b)「売主の知る限り」の限定を付すこと等により、表明保証の範囲を限定することが考えられます。(b)については、新型コロナウイルス感染症による影響がどの範囲で生じるのかが見通せないものの、新型コロナウイルス感染症という事象が存在していること自体は売主も認識していることから、売主として、「売主の知る限り」の限定を付すこと等により表明保証の範囲を適切に限定できているか否かについて、契約書の文言を慎重に検討する必要があると考えられます。

 

(2)表明保証保険

 

欧米のM&A取引を中心に表明保証保険を活用する事例が増えています。新型コロナウイルス感染症による影響が発覚した当初は、新型コロナウイルス感染症に関連するリスクも表明保証保険の対象とする保険会社もあったとされています。もっとも、現時点では、新型コロナウイルス感染症に関連するリスクの全部または一部を表明保証保険の対象から除外することが実務上一般的になっているようです。特に、対象会社の事業が公共交通、エンターテイメント、ヘルスケア、小売り、教育等である場合には対象から除外されている場合が多いとされています。

 

表明保証保険に関する今後の実務の動向を見守る必要があるものの、現時点では、表明保証保険を活用するM&A取引であっても、新型コロナウイルス感染症に関連するリスクが表明保証の適用対象外である場合には、その配分については、M&A取引契約の条項で手当てをする等、表明保証保険以外の方法によって対応する必要があると考えられます。

8. 価格合意

(1)クロージング時の価格調整

 

新型コロナウイルス感染症により、契約締結時からクロージング時までの間に、保有現金が大きく減少したり、金融機関等から急遽借入を行って有利子負債が大きく増加する等により、対象会社の財務状態に当初想定していなかった変動が生じる可能性が通常時よりも高まっているといえます。そこで、契約締結時からクロージング時までに対象会社の財務状態(ネット・デッドやワーキングキャピタル等)に生じた変化を譲渡対価に反映させる条項(価格調整条項)を規定したいという要請が、特に買主側に強いかもしれません※3

 

※3 たとえば、英国では、2019年のprivate M&A transactionsの61%がlocked box方式という契約締結後に価格調整を行わない方式を用いていたとされていますが(Clifford Chance ”CORONAVIRUS: MAKING DEALS IN A VOLATILE MARKET”)、今後、価格調整条項を規定するM&A取引が増える可能性もあると考えられます。

 

(2)買収資金の調達

 

新型コロナウイルス感染症の影響で、買主が譲渡対価の支払いのために使用しようと思っていた保有現金が減少したり、金融機関からの借入が想定通りに実行されない等の可能性があると考えられます。売主としては、買主が譲渡対価支払いの原資を適切に確保しているか否かを確認する必要性が通常時よりも高まっているといえます。そこで、契約交渉時に、譲渡対価支払いの原資が適切に確保されているかを慎重に確認することに加えて、買主の親会社に保証を提供させること等を検討することも考えられます。

 

他方で、新型コロナウイルス感染症の影響でクロージング後に売主の信用状態が悪化する可能性もあり、買主としても、売主の表明保証違反等に基づく補償請求による支払いを確保するために、補償請求が可能な期間については譲渡対価の一部をエスクロー等に留保しておくよう求めることも考えられます。

 

また、2008年のいわゆるリーマンショック時に、買主が予定通りに買収資金の調達が行えなかった場合に備えて、買主側が買収資金の調達を買主のクロージングの義務の前提条件として規定すること(ファイナンス・アウト条項)を求め、当該条項を規定する一方で、買主が資金調達を怠ることによってM&A取引から離脱する権利を買主に与えるというモラルハザードを生じさせないために、リバース・ブレークアップ・フィー(Reverse Break-up Fee)条項(買主がファイナンス・アウト条項を行使する場合等一定の場合に売主に違約金を支払う条項。通常のブレークアップ・フィーは、売主側で取引を解約する場合に売主が買主に対して支払うものであるところ、反対に買主が売主に対して支払うものであるためこのような名称で呼ばれる)を同時に規定する事例が増えたとされています。新型コロナウイルス感染症の影響下での買収資金の調達に関する情勢を踏まえ、同様の検討がなされる事例も増えてくると考えられます。

9. 通知条項

M&A取引契約で、郵便、クーリエ、FAX等による通知が所定の場所または番号に到着した時点をもって、通知を受領したとみなされる旨の条項が定められていることが多いですが、新型コロナウイルス感染症への対応で、オフィスを閉鎖したり全面的なリモートワーク体制とした場合には、通知が到着していることに気が付かないまたは気が付くのが遅れる可能性があります。

 

すでに契約を締結済である場合には、通知方法または通知先を変更する必要がないか(たとえば、FAXで届いた文書がemailに自動転送される設定でない場合には、通知方法としてFAXを削除してemailにする等)を確認すべきと考えられます。また、今後締結する契約については、郵便やFAXにより届く文書をオフィスでタイムリーに確認できない事態を想定して、通知方法をemailにすること等を検討すべきと考えられます。

10. 安全保障/対内投資規制の強化

多くの企業がグローバルなサプライチェーン・ネットワークのなかで事業を行っていますが、新型コロナウイルス感染症の影響による工場や施設の閉鎖、営業の停止、輸出規制措置等により、サプライチェーンが寸断され、部品・製品の供給を受けられないという事態も生じているようです。このようなサプライチェーンリスクを踏まえて、各国において生産活動の国内回帰の動きが出ています。

 

また、国内の製造能力の保護、重要な産業セクターの技術・情報の海外流出を阻止することを目的に、対内投資規制を強化する国が増えています。特に、新型コロナウイルス感染症の影響で世界的に株価が下落傾向にあり、海外企業による買収の懸念があることがそのような動きを加速させているようです。

 

たとえば、スペインは、2020年3月18日に、公共インフラ分野、重要技術、デュアルユース技術、個人情報等のセンシティブ情報に関係する分野、メディア等の事業を行うスペインの会社に対する10%以上の投資を事前審査対象とし、スペイン政府の承認を義務付けることを公表しました。

 

豪州は、同年3月29日に、新型コロナウイルス感染症により経済的圧力を受けているなかで国益を守るために必要な措置であるとして、外国から豪州へのすべての投資に対して、投資額や投資内容にかかわらず、外国投資審査委員会(FIRB)の承認を必要とする暫定的措置を公表し、同日から実施しています。

 

カナダも、同年4月18日に、カナダ投資法(Investment Canada Act)に基づく外国企業による投資の審査を厳格化することを発表しました。従来、外国の会社がカナダの会社に出資する場合には、買収対象の企業価値が一定額以上の場合にのみ審査対象となっていましたが、公衆衛生またはカナダ国民もしくはカナダ政府にとって必要不可欠な製品・サービスの供給に関与する事業への投資は、投資額や支配権を取得するか否かにかかわらず、審査の対象になることになりました。

 

我が国でも、これまで、上場会社の株式・議決権の取得については、10%以上となる場合が対内直接投資等として事前届出の対象でしたが、同年5月8日に施行された改正外為法でこれが1%に引き下げられた等、対内投資規制が強化されており、また、同月1日に公表された改正告示案で、病原生物に対する医薬品および医薬品中間物、高度管理医療機器等の製造業をコア業種(指定業種のうち国の安全等を損なうおそれが大きい業種)として指定する旨も公表されています。

 

このように、新型コロナウイルス感染症の影響も踏まえて、各国で対内投資規制を強化する動きが出ていることから、M&A取引を検討するにあたり、対象国の規制の内容を確認するとともに、各国における今後の規制の動向についても注視が必要です。

11. Activism・敵対的買収

新型コロナウイルス感染症の影響で世界的に株価は下落傾向にありますが、株価が低い状況では、一般的には、敵対的な買収を仕掛けられる等のリスクが高まるといえます。通常時であれば対抗提案を行ういわゆるホワイトナイトの候補者となり得る会社等も新型コロナウイルス感染症により深刻な影響を被っている場合が少なくなく、仮に敵対的買収を仕掛けられたときにホワイトナイトを探すことが容易ではない可能性があることからも、敵対的買収を誘発しやすい状況であるとの指摘もなされています。実際に、2008年のいわゆるリーマンショック時には、米国では非友好的な取引(unfriendly transaction)が増加したとされています※4。また、米国では、最近、いわゆるアクティビストによる買増しも行われています※5

 

もっとも、買収者側も、新型コロナウイルス感染症により大きな影響を受けており、価値が大幅に下落した既存の投資先に関する対応や、自身の事業の対応に注力せざるを得ない状況にある可能性があると考えられます。また、金融機関や投資家も新型コロナウイルス感染症の影響を受けており、買収者側での資金調達も容易ではない状況にあります。そのような状況のなかで、友好的な買収に比べてコストや時間がかかり難易度が高い敵対的な買収を行うのは必ずしも容易ではないと考えられます。

 

また、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて財務基盤の確保・強化が必要となる状況下で、増配や自己株式取得等のキャッシュの流出を伴う施策を会社に対して要求しても、他の株主の賛同を得るのは容易ではないと考えられます。我が国の6月総会の会社では株主提案の期限がすでに経過していることを踏まえると、現時点で、アクティビスト等が株価が下落している会社の株式を買い増し、ただちに増配等の要求をしてくるケースは多くないのではないかと考えられます。

 

※4 2008年に公表された米国でのpublic dealsの23%が非友好的な取引(unfriendly transaction)であり、2007年の12.4%から約2倍になったとされています(Jim Mallea “M&A Year End Review” 2009年1月23日)。

 

※5 たとえば、Carl Icahn氏は、Occidental Petroleum、Welbilt、Newell Brands、Hertz Global Holdings、Cheniere Energy等の買増しを行ったとされています。

 

 

大井 悠紀

西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士

ニューヨーク州弁護士

 

根本 剛史

西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士

ニューヨーク州弁護士

 

 

関連情報

2020年4月8日 新型コロナウイルス感染症を踏まえたM&A実務の留意点(Ⅰ)
 

 

西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士
ニューヨーク州弁護士

2001年、東京大学法学部第一類(LL.B.)卒業。2008年、Columbia Law School(LL.M.)卒業。2010年、Kellogg School of Management at Northwestern University(MBA)卒業。2002年、第一東京弁護士会登録。2009年、ニューヨーク州弁護士登録。

2012年~2013年、東京大学法学部 非常勤講師として勤務。2014年~、東京大学大学院法学政治学研究科 非常勤講師として勤務。

【主な著書等】『M&A法大全(上)(下)[全訂版]』(共編著、商事法務、2019年1月)、『新株予約権ハンドブック[第4版]』(共著、商事法務、2018年3月)、『会社を危機から守る25の鉄則』(共著、文藝春秋、2014年5月20日)、『知的財産法概説<第5版>』(共著、弘文堂、2013年7月)、『M&A法務の最先端』(共著、商事法務、2010年12月31日)

著者紹介

西村あさひ法律事務所
 パートナー弁護士
ニューヨーク州弁護士

2003年、慶應義塾大学法学部(LL.B.)卒業。2014年、University of Virginia School of Law(LL.M.)卒業。2005年、第一東京弁護士会登録。2015年、ニューヨーク州弁護士登録。2014年~2015年Debevoise & Plimpton LLP(ニューヨーク)に勤務。2016年~2017年、一橋大学大学院国際企業戦略研究科 非常勤講師として勤務。2020年~、一橋大学法科大学院 非常勤講師として勤務。

【主な著書等】『M&A法大全(上)(下)[全訂版]』(共著、商事法務、2019年1月)、『会社法実務相談』(共著、商事法務、2016年11月)、『知的財産法概説<第5版>』(共著、弘文堂、2013年7月)、『会社法実務解説』(共著、有斐閣、2011年12月24日)、『企業法務判例ケーススタディ300【企業組織編】』(共著、金融財政事情研究会、2008年1月10日)

著者紹介

連載西村あさひ法律事務所 ニューズレター

○N&Aニューズレター(M&A)のバックナンバー一覧はこちら
 
○執筆者プロフィールページ
   大井 悠紀
   根本 剛史

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!
会員向けセミナーの一覧