経営者の高齢化が進み、日本経済を支えてきた中小企業の多くが事業承継問題に直面しています。本連載では、後継者に引き継ぐべきポイントや重要事項を「マニュアル」として見える化・体系化するノウハウを紹介していきます。

実務だけでなく経営者の理念や精神の引継ぎも重要

事業の引き継ぎといえば、経営権や株式などといった、実務的なことがまず頭に思い浮かぶ人は多いのではないでしょうか。しかし、確かに実務さえすべて引き継げば事業は存続しますが、それだけだと継承後の社内外の人間関係や事業の運営面でつまずき、それが結果的に経営に悪影響を及ぼすことが多くあります。そうならないためにむしろ大切なのは、経営者の理念や精神といった目に見えないものをどう引き継ぐかであり、自らの考えをわかってくれる後継者をどう選ぶか、といったことです。

 

とはいえ、自らの考えを一方的に押しつけるような方法ではうまくいきません。経営者の信念は引き継ぎつつも、新たな経営者としての手腕を存分に振るえるような状況を整えてから事業を継承するのがベストな方法です。

 

もちろん、何年もかけて根回しをして、後継者をじっくり育て上げ、満を持して後を任せる、というのが理想的ですが、目の前の経営課題や日々の業務に追われがちな中小企業の経営者にとっては、そのような長いスパンで継続的に時間を使うのは、難しいと思います。実際、これまで筆者がお手伝いしてきた多くの経営者の望みも、事業継承の大切さは認識していながらも、できることなら時間をかけずにスムーズに事業を継承したいというものでした。

 

そこで筆者が考案したのが、必要なこと、外してはいけないことは網羅しつつも、できるかぎり効率的に事業継承を行うための引き継ぎマニュアルの作成です。このマニュアルに沿って事業継承を行えば、実務はもちろん、理念や精神までもきちんと引き継ぐことができ、後継者に会社を任せた後のトラブルもほとんど起きないはずです。ここまでの筆者の仕事の集大成ともいえるマニュアルとなっていますので、ぜひ参考にしてほしいと思います。

人生の振り返りから事業に対する思いを明確にする

【その1:自分を知る】

①自分の棚卸をする

事業を継承する際、まず行うべきことは「自分の棚卸」です。中小企業の事業主にとって、事業とは“自分の人生そのもの”であるといっても過言ではないでしょう。そう考えれば、事業を継承させることは、自分の人生を継承させるということに他なりません。

 

自分が大切に育て上げてきたいわば分身のような事業と、家族にも等しい社員たちを次世代へ託す前に一度、自分の人生を改めて振り返って棚卸をすることで、自分の人生をかけた事業とは何だったのかが実感でき、大切な事業を継承していくことに対するモチベーションとなるはずです。

 

ここで図表の「自分史シート」に沿って、自らの歩みを記載してみましょう。

 

【図表 自分史エピソード】

 

少年時代、あなたにはどんな思い出があるでしょう。家族との思い出、学校と夏休み、いたずら・・・懐かしい時代までさかのぼります。その次は、青春時代です。夢中になったものはあったでしょうか。将来の夢は何だったでしょう。そして、社会人となってから35歳までの働き盛りであった立身時代。どのように就職を決めたでしょうか。ライバルはいましたか? 結婚はしたでしょうか。

 

続いて、35歳から50歳で、仕事にも脂の乗ってきたタイミングである激闘時代。役職はどのように変わったでしょう。家族との思い出は何でしょう。そして最後は、50歳以降の天命時代です。体は健康でしょうか。感謝していること、幸せを感じることは何でしょう。

 

こうして自分の棚卸をすると多くの場合、幼少期に感じたことや、過去の経験、挫折などが驚くほど現在の事業につながっていることがわかります。だからこそ事業継承というのは、自分の人生を継承する大イベントであるといえるのです。自分の過去を振り返ることで自らを形作っている源流を知り、自らの哲学を再確認しておくと、後継者に託すべき思いもある程度絞り込め、明確になってきます。

本連載は、2015年10月25日刊行の書籍『たった半年で次期社長を育てる方法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

たった半年で次期社長を育てる方法

たった半年で次期社長を育てる方法

和田 哲幸

幻冬舎メディアコンサルティング

中小企業は今後10年間、本格的な代替わりの時期を迎えます。 帝国データバンクによると、日本の社長の平均年齢は2013年で58.9歳、1990年と比べて約5歳上昇しました。今後こうした社長たちが引退適齢期に突入します。もっと平…

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