姑との関係に疲れた長男の嫁…さらに義父の介護も
「本当に疲れますよね、長男の嫁って」
そう愚痴をこぼすA子さん。4人兄妹の長男と結婚して、今年、銀婚式を迎えました。結婚以来、夫の両親と同居をしてきましたが、気苦労の連続でした。「長男の嫁として」毎食、食事の用意をして、「長男の嫁として」お盆やお正月には親族を迎える準備をして、「長男の嫁として」率先してご近所づきあいをして、「長男の嫁として」……。
「“長男の嫁として”って何なんですか! 奴隷ですよ、奴隷」
家は長男が継ぐもの、という考えが根強く残っている田舎に暮らすA子さん。夫とは、大学時代から交際していました。卒業後、夫は田舎に帰ったため、しばらく遠距離恋愛となりましたが、難局を乗り越えてゴールインしたのでした。
結婚が決まったとき、田舎暮らしがどのようなものなのか、義理の両親との同居とはどのようなものなのか、深くは考えなかったといいます。
「あのときは、夫にプロポーズされて、舞い上がっちゃったんでしょうね。何も考えずに、夫の田舎に行くことを了承しちゃいました」
義理の両親と同居を始めたとき、最初は、“都会からやってきたお嬢さん”として、大切に扱われていました。しかし段々と義母のあたりがきつくなってきたといいます。そして、「長男の嫁として、しっかりしなさい!」とことあるごとに叱られるようになったのです。
「そんな様子を見ても、夫も、義父も見て見ぬふりですよ。隠れて、どんなに泣いたことか。本当に男の人って、頼りにならないんだから」
そんなA子さんにとって憎き姑は、3年前に他界。さすがに、亡くなったときは気が抜けてしまったというA子さんでしたが、しばらくすると、また「長男の嫁として」奮闘しなければいけなくなりました。義父が階段で転倒し、人の手を借りないと移動するのが困難になったのです。
「プロの手を借りないと無理というレベルですよ。でもこの田舎では『親を施設に入れるなんて!』と陰口を叩かれるんですよ。ビックリですよ。それに対して、夫もだんまり……なんなんですかね、本当に!」
A子さん、「長男の嫁として」家事に、義父の介護にと忙しい日々を送っています。しかし義父は「いつもありがとう、A子さん」と、ことあるごとに感謝を口にするようになったといいます。
「…わたしも単純なんですよね。『ありがとう』といわれるだけで嬉しくなって。お義父さんに施設に入ってもらわなくて、良かったと思っちゃうんです」
ある年の正月。義父はA子さんと4人の兄妹の前でいいました。
――万が一のことがあったら、自分の財産はA子さん含めて5人で等分するように
A子さんが献身的に義父を支えていることは、すべての兄妹も知っていたので、特に異論が出ませんでした。そんなことがあった、2年後。義父は穏やかに旅立っていきました。
「5人で分けなさい」父の遺言は口約束でしかない…
義父は晩年、ことあるごとに「万が一のことがあったら……」と自分が亡くなった際のことを話していたので、みんな心の準備ができていたのでしょう。葬儀は悲しくも、どこか温かなものだったといいます。
しかし状況は一変。兄妹全員がそろった話し合いは、修羅場と化したのです。
長男「初七日も済んで落ち着いてきたころだから、そろそろ親父の相続のことを話そうか」
次男「そうだな、こういうことは早めに決めたほうがいいよな」
長女「具体的に、お父さんの遺産は何があるの?」
長男「まずこの家だろ。そして預貯金が、これらの通帳の合わせて……8000万円ほど。それくらいかな」
次女「合わせると結構な額になるのね」
長男「こんな田舎だから、この家の評価はたかがしれてると思う」
次男「そうだな。実質、この8000万円を4人でどう分けるか、だな」
長男「ん!? ちょっと待てよ。4人じゃなくて、5人だろ?」
長女「何いっているのよ、わたしたち4人兄妹じゃない」
長男「いや、親父が遺産はA子含めて、5人で分けろって」
次女「何いっているのよ、そんなの口約束でしょ。本当に5人で分けるわけないじゃない」
長男「でも親父は……」
次男「兄貴は、5人で分けたほうがいいもんな。だからそんなに必死なんだろ」
長男「バカにするな、おれはただ、親父の遺志を」
A子「あーーーーー面倒くさいですね、本当にこの兄妹は」
全員「えっ!?」
A子「わたし、お義父さんの遺産なんていらないです」
全員「えっ!?」
A子「その代わり、わたし離婚します」
A子さんはそういい放つと、テーブルの上にバンっと1通の書類を叩きつけました。それは、離婚届けでした。
長男「えっ!?」
A子「もう、こんな面倒くさい家族、いらないです!」
長男「ちょ、ちょ、落ち着けよ……」
こうして、遺産分割協議はいったん中断。先に離婚協議が続いているといいます。
口約束は意味がない…遺志は遺言書にして残す
遺産分割の方法は実にシンプルです。遺言書がある場合には遺言書の通り、遺言書がない場合には法定相続人全員での話し合い(遺産分割協議)によって分け方を決めていきます。
今回の事例では遺言書はなく、法定相続人全員で話し合いをしなければなりませんでした。義父が生前言っていた「長男の嫁にも遺産相続を」というのは、口約束でしかなく、法定相続人が否定すれば、実現しません。このようなことがないよう、遺志は遺言にして残すことをおすすめします。
遺言書には、大きく、法的な効力が弱い自筆証書遺言と、法的な効力が強い公正証書遺言があります。
自筆証書遺言は、15歳以上の人であれば、誰でも紙とペンだけで簡単に作ることが可能です。気をつけたいのは、亡くなった人が自筆証書遺言を残しておいた場合には、その遺言書をすぐに開封してはいけないということです。遺言書を家庭裁判所に持っていき、相続人立会いのもと開封します。この手続きを検認といいます。自筆証書遺言は、簡単に作成できる一方で、偽造や変造も簡単にできてしまいます。そういった事態にならないように、家庭裁判所で遺言の内容を明確にしておく必要があるのです。
公正証書遺言とは、公証役場で公証人が作ってくれる遺言書です。偽造変造のリスクが一切なく、公証役場で預かってもらうこともでます。
今年の7月から、自筆証書遺言の保管制度が始まれば、「遺言書が紛失した!」というトラブルは減るかもしれません。しかし遺言書自体の不備、というリスクが自筆証書遺言にはつきまといます。筆者の経験上、遺言書を残すのであれば、公正証書遺言を選択することをおすすめします。
【動画/筆者が「遺言書の基本」について分かりやすく解説】
橘 慶太
円満相続税理士法人