三姉妹同意のもと、父が公正証書遺言書を作成
今回ご紹介するのは、父、そして三人の娘たち。代々資産家の家系で、地元でも有名な家族でした。母は姉妹が幼少のころに亡くなり、それ以来、家政婦が中心となって、姉妹の面倒をみてきたそうです。
年子の三姉妹は近所でも評判の仲の良さでしたが、タイプはまったく別。長女は幼いころから勉強のできる知的な雰囲気、次女は活発で高校生のころにはスポーツで全国大会に出場するほど。三女は姉妹のなかでは一番容姿端麗で、学生のころにはコンテストで優勝するほどでした。
そんな三姉妹は、進路もバラバラ。長女はキャリア志向で、東京の有名企業に就職後、国内外を舞台に仕事をこなしていきました。次女は持ち前の運動神経を活かしインストラクターとして活躍する一方、20代で自分のスタジオをもち、経営者としての力を発揮していました。三姉妹のなかで一番結婚が早かったのは三女。20代前半で青年実業家と結ばれ、実家にいるとき以上に、悠々自適な優雅な毎日を過ごしていました。
そんなある日のこと、家族全員が久々に実家に集まりました。父が三姉妹に集合をかけたのです。
父「ごめんな、忙しいときに集まってもらって」
長女「いいのよ。それよりも改まって『集まってくれ』なんて、どうしたの?」
父「そろそろ、終活をしっかりやろうと思ってな」
三姉妹「終活!?」
父「わたしも75歳を超えたし、いつ、何が起きてもおかしくないだろう。遺産で揉めるなんて、よその話だとは思うんだけど、わたしが死んだ後のことは、わかりようがないからな」
次女「私たちが喧嘩しないように、というお父さんの優しさね。ありがとう」
父「そんな、お礼なんて……まあ、とにかく終活の一環として、どのように財産を分けるか、然るべき遺言書を残そうと思ってな。あけてビックリ、なんてことのないよう、きちんとみんなが納得したものを残そうと思ってな」
長女「それで、私たちを呼んだのね」
父「三人とも、それぞれ家庭をもっている。だから誰かに継がせて先祖代々のものを守るというのは、私の代でやめにしようと思っているんだ」
次女「そんな……なんか寂しいわ」
父「いや、それよりもお前たちが仲良く生きていくことが大事だ。財産はこの家とマンションが6つ、あと貯金だ。この家は売ってしまおうと思っている。そして残った不動産は一人2つずつに分けて、貯金も三等分。みんな均等に、というのがいいと考えているが、どうかな?」
三女「わたしはお父さんの遺産なんていらないわ」
長女・次女「えっ!? 何言っているのよ」
三女「いいの、わたしはこれ以上お金をもらっても仕方がないもの。私はお父さんの財産を放棄する。だから2人で分けて」
父「でも、それだと不公平に……」
三女「いいの。それより、お父さんに何かあったときに、きちんと思い出の品を形見にちょうだいね」
こうして、父は三姉妹の同意のもと、所有するマンションは長女が3つ、次女が3つで分ける、貯金は実家を売却した分も合わせて、長女と次女で二分する、という公正証書遺言書を作成したのでした。
遺言書通りに父の遺産を分けようとしたら…
実際に遺言書があけられたのは、それから10年以上も経ってからでした。父の最期は、それは穏やかなものでした。目に入れても痛くない娘たちは、いつまでも仲が良く、心残りはなにもなく旅立つことができたからでしょう。
父の葬儀も終わり、落ち着いたころ、三姉妹は父の遺言書の手続きをしにいきました。そしてあけられた遺言書には、あのとき父と三姉妹で決めたままの遺産の分け方がかかれていました。
長女「なんか、懐かしいわね。この遺言書をつくるために、お父さん、私たちに集合をかけたのよね」
次女「そうそう、いきなり『今度の日曜日、実家にこれないか』ってね」
長女「……そうだったよね。じゃあ、お父さんの遺産は、この遺言書どおりにわけるってことでいいかしら」
次女「いいわよ、みんなで決めたんだもの」
そのときです。「ちょっと待って」と会話を遮ったのは、三女でした。
次女「どうしたの? なんか顔色、悪いわよ」
三女「……いまさらなのはわかっているけど、私も、遺産、ほしいの」
長女・次女「えっ!?」
三女「だから、私にもお父さんの遺産を分けてほしいの」
長女「なんで、今さら。あのとき『私はこれ以上お金をもっていても仕方がない』って言って、財産放棄したのはあなたじゃない」
次女「そうよ、これはみんなで決めたことよ。それを今になって無効にしてなんて」
三女「あのときはそう言ったわ。でも私にも遺産を分けてほしいの」
長女も次女も、父の遺産をあてにしていたところもあり、いきなりの三女の申入れに、すぐに「わかりました」とは言えませんでした。そして三女もなぜ心変わりしたのか、問い詰めても理由を言わず、ただ「遺産を分けてほしい」を繰り返すばかりでした。
あとでわかったのは、優雅な暮らしをしていた三女でしたが、最近になり夫が破産。しかも長年連れ添った愛人と共に姿を消したとのこと。あまりに惨めで、姉たちにも本当のことをいうことはできなかったのです。
「そんなろくでもない旦那とは早く別れたほうがいいわ」と長女と次女はアドバイス。三姉妹は話し合い、父の遺言書は一度無効に。父の遺産は三姉妹で均等に分けることにしたそうです。
遺言書の内容を変えることはできるのか?
遺言書には、大きく分けると、法的な効力が弱い自筆証書遺言と、法的な効力が強い公正証書遺言があります。
自筆証書遺言は、15歳以上の人であれば、誰でも紙とペンだけで簡単に作ることが可能です。自筆証書遺言書の作成にあたっては細かい条件が盛りだくさんなので「絶対に自筆証書で遺言書を作るんだ!」という人は、それ専用の本を1冊買ってもいいかもしれません。
亡くなった人が自筆証書遺言を残しておいた場合には、その遺言書をすぐに開封してはいけません。家庭裁判所に持っていき、相続人立会いのもと開封します。この手続きを検認といいます。
自筆証書遺言は、作成が簡単にできる一方で、偽造や変造も簡単にできてしまいます。極論、自分に都合の悪い遺言書であれば、ほかの相続人に隠れて、遺言書をシュレッダーしてしまうこともあり得ます。そういった事態にならないように、家庭裁判所で遺言の内容を明確にしておく必要があるのです。
公正証書遺言とは、公証役場で公証人が作ってくれる遺言書です。メリットは大きく2つ。まず偽造変造のリスクが一切ないこと。もうひとつが公証役場で預かってもらえることです。ちなみに、亡くなった人が生前中に、遺言書を作ったことを家族に伝えていないケースあります。公正証書遺言の場合には、公証役場の「遺言検索システム」で、亡くなった人が生前中に公正証書遺言を作っていたかどうかがすぐにわかります。なおこのシステムは、健在の人に対しては使えません。
また遺言書は法的に非常に強い効力をもっていますが、相続人全員が同意をした場合には、その内容を変更することが可能です。一方で1人でも「私はお父さんの遺言書の通りに遺産をわけたい」という人がいた場合には、遺言書の通りに遺産を分けなければいけません。今回の事例では、姉妹全員が納得をしたので、遺言書の内容を変更することができたのです。
【動画/筆者が「遺言書の基本」について分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人