行動する前からムリだと決めつけてしまう部下、田中君
【本記事のモデルケース】上司が手を焼く部下:田中君
入社3年目、20代後半の営業マン(法人営業)。仕事をキッチリこなし、上司の指示もきちんと聞く、どこの職場にもいるマジメなタイプ。ただ、与えられた以上の仕事を、自分で考えて行動することはない。プライベートを重視するタイプで、社会貢献に熱心。
能力が高いため、上司はより一層の成長を期待しているが、上司や先輩がちょっと厳しくしかるだけで、「そういうのは僕、苦手なんです」と全力で逃げてしまう。
◆部下のワクワクエンジンを起動させる
ビジネスでは数字は大事です。部下に自分で考えて動いてもらいたいのはもちろんのことですが、それに加えて目標を達成できたら、上司としては言うことはありません。部下も自信がつくでしょう。そこで、ワクワクエンジンを使って目標達成に目を向けてもらいます。
単に数字をもとに話し合うだけでは目標数値を上げるか下げるかの駆け引きの場になりますが、自分がワクワクすることに目を向けさせれば、会社や上司の求めている方向性とムリなく合致させられます。
自己肯定感が低い部下には「やりがい」を聞いてみる
【シーン9】ワクワクポイントと仕事上の貢献を結びつけるひと言「君が貢献できるのは、どんなこと?」
上司「田中君が今の仕事で一番やりがいを感じることは何だろう①」
部下「んー、いろんな人に出会えるってことですかね。勉強になりますし」
上司「それは素晴らしいね。そのことを通じて田中君が貢献できるのは、どんなことかな?②」
部下「そうですねえ、いろんな人に出会って情報をもらって、それをみんなで共有するとか……」
上司「情報共有は大事だからね。みんなも助かると思うよ」
部下「この間、クライアントで聞いた情報を先輩に伝えたら、それが売り込み先のヒントにつながった、助かったって言われました」
上司「そうなんだ。先輩の売上につながったのなら、田中君もきちんとうちの課の目標に貢献できているってことだと思うよ③」
部下「そうですか。それなら嬉しいです」
① 自分が何にワクワクするのかを考えてもらう
「今期の目標はこの数字だから、君にはこういうことで頑張ってほしい」と伝えるだけでは、部下のワクワクエンジンはかかりません。そこで、今の仕事でやりがいを感じていること、ワクワクしていることを聞いてみると、ワクワクエンジンがかかりやすくなります。
どんなことでも構いません。「挨拶が元気で、気持ちがいいと言われた」という回答だったとしても、「その元気な挨拶を、うちの課の目標に活かすとしたらどうする?」と聞けば、何かしら考えて答えてくれるでしょう。自分のやりがいを増やす考えなので、前向き思考になります。
もし、「やりがいを感じることはありません」という回答だったとしたら、「どうしてそう思うのか」と掘り下げていきましょう。自分を止めているのは何かが明らかになります。
② ワクワクポイントと仕事を結びつける
目標を達成するためには、今ある課題をどう克服するかを考えるのが一般的かもしれません。しかし、それでは欠点に目を向けているので、部下はワクワクしないでしょう。
それよりも、やりがいを感じていることを今の仕事にどう活かすかを考えてもらいます。
人は、やりがいを感じていることのほうが情熱を注げるのは言うまでもありません。さらに、自分にしかできないことを見つけられたら、ワクワクエンジンはずっとかかり続けるでしょう。その原動力となるものを見つけられるように、ワクワクポイントを仕事に結びつけるのです。
③ 貢献していることを承認する
部署の目標に自分が貢献していることを伝えると、部下のエンジンはよりかかりやすくなります。どんな小さなことでもみんなの役に立っているのだと、言葉で認めるようにしてください。
◆ 質問&リスニングの効果
部下の欠点に目を向けるより、いいところを伸ばすようにする。それがこれからの上司の一番大事な役割です。そのためにも、こういうやり取りを通して、普段はなかなか気づかない部下の素顔に触れるようにしてください。
人は誰でもやりがいを感じている仕事や得意な仕事で、モチベーションが上がります。目標達成のためにやりがいを感じていることを最大限に活かせばいいのだとわかれば、仕事のとらえ方も変わるでしょう。
とくに田中君のように自己肯定感が低いタイプは、自分が組織に貢献しているという実感を抱きづらい傾向があります。それだとワクワクエンジンは起動しないので、まず小さなことでも貢献できているのだと気づかせて認識してもらうと、自分に自信を持てるようになっていきます。
「横から目線」の質問で、自発的に行動する気にさせる
【シーン10】ワクワク感と数値目標をつなげるときのひと言「目標を達成するために、いいアイデアはないかな?」
上司「今日は相談したいことがあるんだ。うちの課の今期の目標売上は前年比120%なんだけど、達成できるかどうか微妙なんだよね。それで、君の知恵を借りたいんだ」
部下「僕の知恵って何ですか?」
上司「若い田中君のやわらかい頭を見込んで頼みたいんだけど、目標を達成するために、いいアイデアはないかな?①」
部下「そうですねえ……人を増やすとか、エリア分けを見直すとかですかね」
上司「エリア分けを見直すとは、どういうこと?」
部下「今は区ごとに分けているけれど、それだと港区担当の人も、渋谷区担当の人も、みんな山手線に乗って移動しているじゃないですか。それって、効率的なのかな、って思っていて。路線ごとに分けるほうがよくないですか?」
上司「それはいいアイデアだね。営業会議で提案してみたらどうだろう②」
部下「そうですか? じゃあ、今度言ってみます」
上司「仮に、そのアイデアが実現したら、どうだろう。田中君の今期の売上を100万円アップするのも不可能ではないかな?③」
部下「そうですね、絶対に達成できるとは言えないけれど、完全にムリではないと思います」
上司「ぜひ、チャレンジしてほしいな。僕も路線ごとに分ける方法で調整してみるよ」
① 「横から目線」で部下を頼りにする
行動を起こす前からムリだと拒むような部下に対して、上から目線で「今回はこの数字で頑張ってよ」と言い渡したら、ワクワクエンジンは絶対にかかりません。
そこで、部下に「何かアイデアはないかな」と相談すると、相手も頼ってもらえたと嬉しく感じます。上下関係ではなく、「横から目線」の仲間という雰囲気をつくるのです。とくに田中君の場合は「信頼」「チームワーク」「貢献」がワクワクポイントなので、チームの仲間のために役に立っているのだと思えば、ワクワクエンジンがかかります。
② 行動を促す
部下からいいアイデアが出たら、すかさず行動に移すよう勧めること。命じられたら動こうとしませんが、自分で考えたことなら「やってみよう」という気になります。
③ 数値目標とつなげる
部下がワクワク感をイメージできたのなら、その段階で数値目標を伝えます。「やってみます!」と気持ちよく答えられなかったとしても、「ムリではないと思う」と前向きな気持ちになっただけで大きな前進です。ムリ強いせず、部下が自発的に行動する気になるよう、導いてください。
◆ 質問&リスニングの効果
部下が数値目標に難色を示したとしても、「大丈夫、君ならできるよ」などと安易に励まさないように。繰り返しますが、今の若い世代はプレッシャーに弱いので、ちょっとした表現で追い詰められてしまいます。
頼りにされているという実感をしてもらうために、「何かいいアイデアはないか」「できる方法はないか」のように相談すると、部下は喜んで考えてくれるでしょう。それがどんなアイデアでも最初は否定せずに、肯定的に受け止めるのは基本です。そうすれば「自分を認めてくれた」という承認欲求が満たされ、ワクワクエンジンがかかります。
こういったやり取りは時間がかかるかもしれませんが、一方的に数字を言い渡すより、部下が能動的になるのは間違いありません。
板越 正彦
株式会社1on1エンゲージメント研究所 代表取締役