本音や本心を表に出さないタイプの部下、田中君
【本記事のモデルケース】上司が手を焼く部下:田中君
入社3年目、20代後半の営業マン(法人営業)。仕事をキッチリこなし、上司の指示もきちんと聞く、どこの職場にもいるマジメなタイプ。ただ、与えられた以上の仕事を、自分で考えて行動することはない。プライベートを重視するタイプで、社会貢献に熱心。
能力が高いため、上司はより一層の成長を期待しているが、上司や先輩がちょっと厳しくしかるだけで、「そういうのは僕、苦手なんです」と全力で逃げてしまう。
◆部下の本音を引き出す
上司と部下は立場が違うため、どうしても目に見えない壁があります。部下の本音や本心を聞き出すのは簡単ではありませんが、質問&リスニングをしているうちに、ポロッと本音がこぼれることもあります。それはワクワクポイントを知るためのチャンス。本音で出てきた不満や要望にこそ、部下が自分で成長できるカギが隠れています。
「気が緩んでいるとき」に本音が出る
【シーン7】隠している本音を引き出すためのひと言「不安に思うこととかあるかな?」
上司「これで面談は終わりだけれど、何か不安に思うこととかあるかな?①」
部下「もし目標の数値を達成しなかったら、どうなるんですか?」
上司「大事な疑問だね。目標を達成できなかった場合の最大のリスクは何だろう?」
部下「やっぱり、給料がダウンするんじゃないかってことです」
上司「確かに、給料が下がったら生活に困るからね。ただ、私としては、田中君が成長するためにチャレンジしてほしいと思う。達成できなくても、私が責任は取るよ。それならどうかな?②」
部下「それなら、頑張ってみます」
上司「もし、うまくいかないことがあったら、すぐに報告してほしい。一緒に解決策を考えよう③」
部下「ハイ、わかりました」
① 気が緩んでいるときに投げかける
面談のしめくくりで、「何か質問はあるかな?」と尋ねる上司は多いでしょう。その問いかけ方だと、質問がない人は「別にありません」と答えるしかありません。
私は「何か不安なことはある?」「何か言いにくい(言えない)ことはあるかな?」と尋ねていました。それも面談の最後のほうで。そうすると、部下も面談が終わったと気が緩んでいるので、本音がポロッと出ることが多かったのです。かつての人気ドラマ「刑事コロンボ」で主人公がよく使った手法ですね。面談ではない場でも、一通り会話をしてから最後にこの質問を投げかけると、「実は……」と部下も本音を打ち明けやすくなります。
なお、この問いかけは、本人が課題を「自分ごと」化しているかどうかの確認の意味もあります。課題を自分ごととして考えているから、不安が生まれるのです。
② 自分の言葉で目標を宣言してもらう
人は自分で決めたことには能動的に取り組むようになるので、ワクワクエンジンがかかりやすくなります。そのため、自分の言葉で「やります」「できます」と約束してもらうのが大事なのです。
目標を宣言してもらうには、「それならできるかな?」といった、イエス・ノーで答えるクローズドクエスチョンを投げかけます。必ずしもイエスばかりではなく、ノーと返されるケースもありますが、その場合も何に不満や不安を感じているのか聞き出せば、最終的に双方が納得する結論が出ます。
③ 自分がサポートすると伝える
部下が行動すると決めたときは、自分は常に見守っているとわかってもらえる言葉を伝えます。とくに若い世代は自己肯定感が低い人が多いので、「大丈夫だよ」と安心させるために、積極的に伝えましょう。
◆ 質問&リスニングの効果
田中君のように自己肯定感が低い部下の場合、不安や疑問点があっても、「何か起きたときに言えばいいか」と伝えるのをやめてしまいがちです。そして、問題が大きくなったときに「実は……」と切り出すのがよくあるパターンです。
でも、不安や疑問点を抱えたままでは、ワクワクすることができません。言いづらいことでも相談しやすいというイメージを持ってもらうためにも、こういったやりとりで部下の本音に触れてみてください。
「時間がない」と逃げる相手に投げかけてほしい質問
【シーン8】ワクワクできない「本当の原因」に気づかせるひと言「もし、時間が無限にあったら、何をしたい?」
上司「僕としては、田中君にもっと新規開拓に力を入れてもらいたいんだ」
部下「僕もできるならそうしたいんですけれど、なかなか時間がなくて手が回らないんです」
上司「そうなんだ、忙しいんだね。話は変わるけど、もし時間が無限にあったら何をしたい?①」
部下「時間が無限にあったら……そうですね、それなら新規開拓もできるし、既存の顧客のフォローもしっかりできます」
上司「いいね、ほかには?②」
部下「ずっとやりたかった部屋の掃除もできるし、録画したまま溜まっているドラマも観たいし、海外のボランティアもやりたいなあ。大学の先輩が中国の農村でボランティアをしていて、なんか輝いているんですよね」
上司「いろいろチャレンジしたいんだね。それをすべて実現したらどんな感じがするかな?」
部下「充実して輝いている感じです」
上司「充実するためにはどうすればいい?③」
部下「それは時間をつくるしかないと思いますけど……」
上司「じゃあ、時間をつくるためにできることはあるかな?④」
部下「うーん、今は書類仕事で時間を取られているから、もっと効率よくするとか……あと、いつも寝る前にダラダラとネットを見てしまうので、その時間をなくすとか」
上司「いいね。それをするために工夫できることは何かある?」
部下「僕は書類仕事が苦手で、いつもギリギリまで溜めてしまうので、それで余計に時間がかかってしまう気がします。なるべくこまめにやってみます」
上司「うまくいって充実したらいいね。さっそく試してみようか」
① 「もし~だったら」という仮定の問いで視野を広げる
おそらく、「時間がなくてできません」は〝部下の言い訳あるある”に入っている定番フレーズでしょう。私も上司だった時代に、よくこの言い訳を聞きました。
それに対しての上司の対応は、「時間の使い方が下手なだけだろ?」と責めるか、「時間がなくてもやるしかないんだよ!」と問答無用で押し付けるか、ではないでしょうか。
時間がないと逃げる相手に投げかけてほしいのが、「もし時間が無限にあったら何をする?」「時間がいくらでもあったらどうする?」という質問です。「もし~だったら」という問いは、思考を広げます。
上司の皆さんはよくわかっていると思いますが、本当は時間がないのではなく、ムダな時間が多いから時間が足りない、仕事の優先順位が決まっていないケースがほとんどです。それに気づいてもらうには、「時間がない」と一方向からしかとらえていなかった視点を、別の方向に向けさせるのです。
② さらに思考を広げる
部下がやりたいことを語り出したら、「ほかにあるかな?」と促して、どんどん話してもらいます。そうするとワクワクエンジンがかかりますし、部下が本心からやりたいと思っていることを聞き出せます。
③ キーワードを繰り返す
私はこのようなやりとりをしているとき、部下の言葉の使い方も注意して聞いています。
田中君のように「充実」という言葉を使ったなら、それをキーワードとして自分も何度も使います。毎回相手の言葉を復唱していたらおうむ返しになりますが、キーワードになる言葉を拾い上げて繰り返すと、「自分を理解してくれている」と感じてこちらの話に耳を傾けてくれるようになります。
④ 思考の枠を広げる質問で自分に欠けているところを考えさせる
現在の枠の中で目の前の仕事の問題点を見つけて、解決策を考えてもらうだけでは、部下の思考は狭いまま。そこで、枠や制約を外すと、本質的な問題に目を向けられるようになるのです。それから現状の問題点を考えてもらうという手順にすると、今までできないと止めていたのは自分自身なのだとわかります。
◆ 質問&リスニングの効果
仕事に優先順位をつける、すべての仕事に締め切りを設けるといった、時間をつくり出す方法はいくらでもあります。しかし、ここで大切なのは方法論を見つけることではなく、時間をつくり出せないのは自分がそう考えているからなのだ、ということに気づいてもらうことなのです。
板越 正彦
株式会社1on1エンゲージメント研究所 代表取締役