高齢者の「家賃滞納」問題。本来、法律に基づき退去させることも可能だが、財産の少ない高齢者への強制執行に、苦しむオーナーも少なくない。そこで本連載では、章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より、高齢者の賃貸トラブルの実例を挙げ、その実態に迫っていく。
鮎川さんが乗って帰ってきた自転車は、長屋と隣の家とのフェンスの隙間に次々と置かれていきます。狭い敷地に建っている長屋なので、置けるスペースは限られていて、あっという間に隙間がなくなるほど自転車で埋め尽くされてしまいます。そうすると次からは自転車の2段重ね。自転車の上に、自転車が。さながら自転車のテトリスのようでした。
そもそもこの自転車、鮎川さんはなぜ乗って帰ってくるのでしょうか。無造作に積まれて使われていない状況から推測すると、「欲しかったから」「乗りたいから」という理由ではなさそうです。
盗難届が出された自転車を捜すため、警察の方は何度もこの自転車館を確認しに来られました。重なりあった中から探し出すのは至難の業ですが、それでも何台かは埋もれていたのです。ただその自転車が、誰かが盗んでその場に置いたのか、それとも鮎川さん自身が盗んだのか、決定的証拠もないため逮捕はされず警察も様子を見るということでした。
「出ていけなんて!」から1年、自転車積みが始まった
敷地の反対側は細い路地になっていて、通る人々から「積み上げられた自転車のせいで見通しが悪い」などの苦情まで来るようにもなりました。
警察がしょっちゅう自転車を確認しに来る、近隣からもクレームが来るでは、家主もたまったものじゃありません。何とか退去させられないかという相談を受けました。
話を聞いてみると、鮎川さんはこの長屋が建てられた時からの賃借人。40m2ほどの部屋に、母親と二人で住んでいました。
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OAG司法書士法人代表 司法書士
株式会社OAGライフサポート 代表取締役
30歳で、専業主婦から乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。
登記以外に家主側の訴訟代理人として、延べ2500件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。
トラブル解決の際は、常に現場へ足を運び、訴訟と並行して賃借人に寄り添ってきた。決して力で解決しようとせず滞納者の人生の仕切り直しをサポートするなど、多くの家主の信頼を得るだけでなく滞納者からも慕われる異色の司法書士でもある。
また、12年間「全国賃貸住宅新聞」に連載を持ち、特に「司法書士太田垣章子のチンタイ事件簿」は7年以上にわたって人気のコラムとなった。現在は「健美家」で連載中。
2021年よりYahoo!ニュースのオーサーとして寄稿。さらに、年間60回以上、計700回以上にわたって、家主および不動産管理会社向けに「賃貸トラブル対策」に関する講演も行う。貧困に苦しむ人を含め弱者に対して向ける目は、限りなく優しい。著書に『2000人の大家さんを救った司法書士が教える 賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)、『家賃滞納という貧困』『老後に住める家がない!』(どちらもポプラ新書)がある。
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連載老後に住める家がない!明日は我が身の「漂流老人」問題