信頼していた友人に裏切られた長男がニートに
ある地方都市に住む家族の話です。その家族は、父、母、長男、長女、次女、次男の6人家族で、父は地元で有名な企業で働いていました。住まいは、父からみて祖父の代からの家。ローンを組むこともなかったからでしょうか、周囲の家庭に比べれば裕福ではありましたが、その他はいたって普通の家族でした。
長男と次男の間には12歳の差があり、両親に代わっておしめを変えたりミルクをあげたりと、次男の世話をよくしたといいます。そのため、次男は両親以上に長男に懐いていました。
そんな家族に変化が生じたのは、長男が大学を卒業してしばらく経ってからのことでした。長男はせっかく有名企業に就職をしたのに数年で退職し、大学時代の友人に誘われるがままに起業をしたのです。
「25歳だけど、一応、副社長だから」
忙しい合間をぬって帰省した長男は、家族に対して誇らしげにいいました。
「まあ、一度しかない人生だから、悔いのないようにがんばりなさい」
両親も弟妹たちも、長男を応援していましたが、それから数年後、事態が急変。一緒に起業した友人であり社長が、失踪したのです。突然のことに、頭が真っ白になったという長男。実は長男も知らないところで社長は借金をつくり、首がまわらなくなっていたというのです。
長男はパニック状態で実家に帰ってきたといいます。そして借金をどうにかできないかと、両親に相談してきたのです。負債は3,000万円にも達していました。幸い、浪費もせず、コツコツと貯金をする両親だったので、長男の申し入れを受けることができました。
「3,000万円はあげるわけではない、貸すだけだ。地道に働いて、きちんと返しなさい」
両親は長男にそういって、借金の肩代わりをしました。長男は泣きながら「わかった、きちんと返すから」と誓ったのですが、その一件以来、実家に住みつき、働こうとしませんでした。
「また信頼している人から裏切られるかもしれない」
長男の言い分でした。最初、家族は心に傷を負った長男に同情の念を持っていましたが、いつまで経っても言い訳を並べて働こうとしない長男に、愛想をつかすようになったといいます。
その後、長女と次女は結婚をして実家を出ていきました。次男も東京の大学に進学し、そのまま東京にある企業に就職。実家には、両親と長男だけが残りました。両親に泣きついた日から、もう10年近く経っていましたが、それでも長男はろくに働こうとしません。両親は「きちんと働きなさい!」と叱ることもあったといいますが、それでも長男が行動を起こすことはありませんでした。
さらに数年経ったころ、体調を崩していた父が病院で検査を受けたところ、家族が呼ばれました。末期がんでした。手術をするには、遅すぎる状態だったといいます。
「まあ、年も年だから、いつお迎えがきてもおかしくないよ」と笑う父。自分のことよりも、心配なのは長男でした。この先、自分が死んだら、長男はどうなるのだろう……。そんなことばかりを気にしていたといいます。そして8ヵ月ほど経ち、父は天国へと旅立っていきました。
あえて遺留分を侵害する遺言書を残した父
父は自分の葬儀の準備もきちんと用意して亡くなりました。「お父さんらしいね」と、最期まで優しかった父を、家族は偲びました。そして葬儀のあと、母は子どもたちを集めていいました。「お父さんは、遺言書を残しているから、そこに書かれている通り、遺産分割を進めましょう」と。
そして遺言書の検認を受け、中身を確認する日が来ました。そこに書かれていたのは、遺産は実家と貯金が6,000万円ほどあり、母と長女、次女には1,000万円ずつ、次男には実家と残りの貯金を渡す代わりに母のことを頼む、長男は遺産ゼロ――。
まさかの内容に、一番驚いたのは長男でした。
「なんで、俺は遺産ゼロなわけ⁉ それになんで母さんの面倒を、離れて暮らすB(=次男)に任せるの⁉」
納得のいかない様子の長男。さらに大きな声で続けます。
「俺だって、父さんの子どもだよ。遺産をもらう権利だってあるだろう! こんな遺言書、無効だよ!」
そのときです。母が1通の手紙を長男に渡しました。
「お父さん、お前だけに手紙を残しているの」
そう言って、長男に手紙を渡し、その場を離れました。そして弟妹も続きました。一人残された長男は、母から渡された父からの手紙を開きました。
「肩代わりした3,000万円は貸したものである。だから長男への遺産はゼロである」
「肩代わりした借金は遺留分を超える。だからその分は、働いて年老いた母を支えなさい」
「弟妹が慕っていた頼りになる兄に戻れるよう、早く過去を乗り越えなさい」
手紙に書かれていたのは、最期まで長男を心配していた父の優しい思いでした。遺言書に込められた父の思いを知った長男は、遺言書の内容に納得し、そして一念発起して、就職活動を始めたといいます。
遺留分は権利…行使するかは当人次第
遺言書には大きく、法的な効力が強い「公正証書遺言」と、法的な効力が弱い「自筆証書遺言」があります。自筆証書遺言は名前のとおり、自分の手で書き上げる遺言書です。15歳以上の人であれば、誰でも紙とペンだけで簡単に作ることが可能です。
自筆証書遺言の財産目録をパソコンや代筆、通帳のコピーなどで作成できるようになりましたが、ほかは、自分の手で書きあげます。細かい条件が盛りだくさんなので「絶対に自筆証書で遺言書を作るんだ!」という人は、専用の本を一冊買ってもいいかもしれません。
また亡くなった人が自筆証書遺言を残しておいた場合には、家庭裁判所に持っていき、相続人立会いのもとで開封しなければなりません(この手続きを、検認といいます)。
そして遺言書にまつわるトラブルで多いのが遺留分の侵害です。遺留分とは「残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」のことで、法定相続分の半分が認められます。
せっかく残した遺言書が知らず知らずに遺留分を侵害していてトラブルに発展するケースが多いのです。
ここでのポイントは、あくまで遺留分は権利であるということです。もし、遺言書に「あなたに遺産はまったくあげません」と書かれていたとしても、当の本人が、「それでも構わないですよ」ということであれば、問題ありません。あくまで権利なので、権利を行使するかどうかは本人の自由です。
【動画/筆者が「遺留分」をわかりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人