教育熱心な父と、父を毛嫌いする子どもたち
今回ご紹介するのは、父、母、長男、長女、次男の5人家族です。父は経営者としての手腕を発揮し、一代で地元でも名の知れた会社を作った人物でした。
父は自身が母子家庭で育ったこともあり、子どものころは家計が苦しく、大学に進学できませんでした。そのため、一種の学歴コンプレックスのようなものを抱いており、自分の子どもたちの教育にはお金をかけてきました。
3人の子どもたちには、幼いころから毎日習い事に通わせ、毎日家庭教師をつけて勉強をさせました。その甲斐あって、高学歴が自慢の子どもたちに育ったのです。
ただ子どもたちは口を揃えて、「確かに、いい大学、いい会社に入ることはできたのは、父のおかげだったと思います。ただ、いい親だったかと言えば、ちょっと違うかな……」と言います。父の学歴コンプレックスの解消のために、子どもたちは利用された、という思いが強いそうです。
「家族と一緒に遊んだとか、旅行に行ったとか、そういう思い出があまりないんですよね」と子どもたち。子育ては、なかなか難しいもののようです。
そのような親子関係だったこともあり、3人の子どもたちは独立してからは、実家とは一定の距離を保つようになりました。
「いつまでたっても、親は親で、関係性は昔のまま。実家に帰ると『だからお前はダメなんだ』とダメ出しが始まるわけです。ちょっとうんざりですよね。だから実家に帰るのは、お正月とお盆。必要最低限にしています」
そんな親子関係に、父は寂しさを募らせていったといいます。お酒を飲めば「うちの子どもたちは、全然顔を見せてくれない」と愚痴をこぼしていたのです。
そんな父も70歳になると、経営の第一線から退き、終活を始めるようになりました。そしてある年のお正月。父が家族の前である告白をしました。
「この前、遺言書を作ってきた」
遺言書は子どもたちの心を繋ぎとめる道具に
父が言うところによると、昨年末に、公証役場に行って、公正証書遺言書を作ってきたといいます。
「これで私に何があっても安心だな」と陽気に話す父。子どもたちは「そうだね」と同意するもの、どこか浮かない顔をしていました。
「確かに、父は結構な額の遺産を持っているでしょうから、何かあったときのために遺言書はあったほうがいいでしょうね。ただ、どんな内容なのか、聞いても一切教えてくれない。そこがちょっと引っかかるんですよね」と長男。そうなのです。開けてびっくり、とならないように、詳細とまでいかなくても大まかな内容を教えてほしいと、家族がどんなに頼んでも、父は固く口を閉ざしたままだったのです。
家族みなモヤモヤしていた気持ちのまま、実家をあとにしました。そしてモヤモヤとしていた気持ちが解消されたのは、その1年後。ですが、決して晴れ晴れとした気持ちになったわけではありませんでした。家族全員が1年ぶりにあった場で、父は言いました。
父「遺言書を作り直した」
家族「ん⁉ なんで?」
父「昨年の夏、父さん、体調を崩して、何日か寝込んだことがあっただろう」
長男「あ、そんなことがあったね」
父「そのとき、A子(長女)だけが『大丈夫?』って電話をくれたんだよ。だから少し、遺産を多く分けたいと考えた」
長女「えっ⁉ 私、電話をしただけだけど……」
父「いいんだいいんだ。B子は、本当に、優しい子に育ったなあ。父さん、嬉しくてなあ」
そこで家族全員は察しました。「父に優しくしてくれたら、遺産を多く分けてあげるよ」と家族を牽制していたわけです。子どもたちはみな、父に呆れて何も言うことができませんでした。そして次に動きがあったのが、その年のお盆。父がまた「遺言書を作り直した」と言うのです。
「A(長男)が、今年のお盆は仕事が忙しくて帰れないというじゃないか。お盆くらい、墓参りしないと。先祖を大切にしないやつに、遺産はやれんからな」
「そんな理由で……」とまたまた家族は呆れかえってしまいました。そんなやり取りが、お正月やお盆など、家族が集まるたびに行われました。そしてとうとう、沸点に達したのが長男でした。
長男「父さん、いい加減にしろよ!」
父「なんだ、どうしたんだ⁉」
長男「俺、父さんの遺産なんていらないから。だから金輪際、遺産がどうこうって話はしないでくれ」
父「おいおい、どうしたんだ、突然」
長男「もううんざりなんだよ、遺産を人質みたいにちらつかせる父さんが。みっともないからやめてくれ!」
今まで、家族のなかで父は絶対的な存在でした。子どもたちから反発を受けた経験がなかったので、父は驚き、ひどく落ち込んだといいます。そしてこの一件があってから、もう父は遺言書のことは口にしなくなったといいます。
その後、家族は本音を言い合い、長年の不和は解消されたのだとか。
相続人全員が仲良く、円満に相続できるか
現在、亡くなる方の約10人に1人が遺言書を残しています。逆の見方をすれば、10人に9人は遺言書を残していないことになります。遺言書は絶対なければいけないものではありませんが、「遺言書さえ残してあれば……」ということがよくあるのは事実です。
ただ今回は遺言書で家族を振り回すようなことをしたため、トラブルが生じました。お金が絡むと人は普通であれば考えもしないことをしがちです。感情的な部分も大きいので、防ぎようがない部分でもありますが。
最近、相続対策として、色々なことが言われています。「生前贈与がいい」とか「不動産を買っておいたほうがいい」とか「遺言書を作っておいたほうがいい」とか……。しかし相続税の対策を考えるなら、適正な順番に行うことが大切です。
まず、結論からお伝えすると、行うべき相続税対策の順番は「1.現状分析」「2.遺産分割対策」「3.評価引下対策」「4.生前贈与対策」です。ここで特に重要になるのは、1番の現状分析と2番の遺産分割対策です。この2つがしっかりできていないのに、3番と4番をやりたがる人が非常に多いのですが、1番と2番の方が、圧倒的に重要度、優先度が高いです。
まず、相続税の現状分析とは、病院で受ける健康診断のようなものです。もし、万が一のことが今!起きてしまった場合に「どのくらいの相続税が発生するのか」「納税できるだけの資金があるのか」「家族が円満に相続することができるのか」「税務調査で問題になりそうなことがないか」というような問題点の精査を行っていきます。
次に「もし仮に、今、相続が起きてしまった場合に、どのように遺産を分けていくのか」を予め決めます。これが遺産分割対策です。ここで重要なのが、相続税の観点だけでなく、「みんな円満に仲良く相続してくれるか」という観点です。税金のことよりも気持ちです。相続人全員が納得してくないと、遺産を分けることはできません。
まずは、相続が起きたときに、相続人全員が不満を持たずに遺産分けができるか。それができて初めて、家族全体で最も相続税の負担が少なくなる遺産の分け方を考えていくことになります。実際に相続が発生したときに慌てないようにするためにも、遺産の分け方が固まったら、遺言書で残しておくようにしましょう。
遺産分割対策が無事に形になりましたら、次に、評価引下対策を考えていきます。評価引下対策とは、不動産や生命保険を活用した相続税対策です。「預金で相続させるよりも、不動産や生命保険で相続させたほうが相続税は安く済む」という話です。これらが終わったあと、相続税対策の仕上げとして、生前贈与を検討します。
【動画/筆者が「相続税対策の進め方」をわかりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人