別れを決めた二人だったが、子どもができて結婚
今回ご紹介するのは、Aさん(夫)、Bさん(妻)、長男という3人家族です。AさんとBさんが結婚する前、交際は10年近くにも及んでいました。ただどこか惰性でお付き合いが続いていた部分もあり、お互いが30歳を超えたあたりで、別れようという話が持ち上がりました。ところが、そのタイミングでBさんの妊娠が発覚し、ならばということで結婚に至ったそうです。
しかし、一度は別れようとした関係。子どもができたとはいえ、夫婦の間は、どこか冷めきったものがありました。傍から見れば、仲のいい家族に見えるのに、わからないものです。
Aさんは、新卒で入社した会社で15年ほど働いた後に独立。いつか自分一人の力で仕事をするというのが、Aさんの夢だったのです。数年後には従業員を数人抱えるようになり、会社の経営は小さいながらも順調でした。
そんな家族に変化が生じたのは、長男が大学を卒業したあとのこと。AさんとBさんは、子育てを終えるとともに、夫婦としての関係も終わらせることにしたのです。
「もともと、別れようとしていましたから……子どもが独立した今となっては、一緒にいる意味がなくなってしまったんですよ」とAさん。慰謝料などもなく、円満な離婚でした。
さらにAさんは、離婚から数ヵ月後にCさんという女性と再婚をしました。Aさんの会社で10年近く働いている従業員で、Aさんとの年の差は20歳以上もありました。Aさんの離婚を機に、交際へと発展し、すぐに結婚という話になったのです。
「家族以上に一緒にいたので、気心も知れていたということが大きかったですね。交際がスタートしたのは、本当に離婚のあとですよ」と笑うAさん。我が子はかわいいけれど、結婚自体は失敗だったと語っていましたが、やっと納得のいく人と結婚ができ、幸せいっぱいの生活が始まりました。
AさんとCさんの年の差は20歳以上。「せめてCさんが還暦を迎えるころまでは元気で長生きしないと」と笑って話していたAさんでしたが、人生とは残酷なものです。60歳のときに余命8ヵ月の宣告を受けてしまいます。
聞き分けのいい後妻に、先妻がイラっときて……
まさに青天の霹靂。Cさんのためにも長生きをしようと、健康には気を付けてきた自負もありました。しかし病気は事実です。少しでもCさんといられるよう治療にがんばったAさんでしたが、病気の発覚から1年半後、息を引き取りました。
「彼、がんばりましたよね。できるだけ長く一緒にいられるようにって。本当に、優しいひとなんです」とAさんをしのぶCさん。しかし穏やかなときは、なかなか訪れることはありませんでした。
葬儀のあと、Cさんのもとを訪ねてきたのはBさんとその子ども。そう、Aさんの先妻とその長男です。
Bさん「相続の話がしたくて、おじゃましました」
Aさんから聞いていたとおり、気の強そうな人だなと、Cさんは感じました。
Bさん「もちろん、私には相続の権利はありません。ただ、私たちの子どもには権利があること、おわかりですよね」
Cさん「もちろん、知っています」
Bさん「Aは、遺言書は残しているですか?」
Cさん「いえ、ありません」
Bさん「……そうですか。ではAの遺産は」
Cさん「会社は、病気がわかってから整理したので……残っているのは、この自宅と、あとは貯金ですね」
Bさん「Aの貯金って、結構ありますよね。会社、うまくいっていましたから」
Cさん「そうですね」
堅実な性格のAさん。仕事も忙しかったこともあり「なかなか(お金を)使う暇がなくてね」というのが口癖だったといいます。そのためか、Aさんの貯金は億を超えていました。
Bさん「Aが独立したのは、私たちが結婚していたころです。それができたのも、私が子育てを一手に引き受けていたからです。だからこのお金、私がいなかったら貯めることはできなかったわけですよね」
Cさん「……」
Bさん「だから貯金はすべて、私たちの子どもに分けてください」
Cさん「……はい」
めちゃくちゃな要求にも素直に応じるCさんの姿を見て、イライラとした表情を浮かべたBさん。急に大きな声をあげました。
Bさん「何をいい人ぶっているのよ! どうせ、あなたたち不倫していたんでしょ!」
Cさん「えっ⁉」
Bさん「ずっと言いたかったのよ、本当はわたし知っているんだから! 私たちを騙していたんでしょ! 自分ばかり幸せになって、天罰が下ったのよ!」
Cさんに一方的に罵声を浴びせ、Bさんとその子ども(長男)は帰っていきました。その後、CさんはAさんの遺産を放棄したため、すべてをAさんとBさんの長男が相続しました。なぜ、Cさんはそのそのようなことをしたのでしょうか。またなぜ、遺言書を書いてもらわなかったのでしょうか。
「Aさん、十分すぎるくらい保険に入っていたので、わたし、これから困ることなんてないんですよ」とCさん。「それに、財産目的の結婚と思われたくなかったので、遺言書も彼にお願いして書いてもらわなかったです。前の奥さんにすごい罵声を浴びせられましたけどね」
Cさんは新しい家で、Aさんとの思い出とともに穏やかに暮らしています。
遺言書を残すなら「遺留分」を気にして
相続トラブルを避けるためにも、遺言書は有効ですが、今回はあえて遺言書を残さなかったという珍しいケースでした。
遺言書を残すのであれば、気を付けたいのが遺留分です。遺留分とは「残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」のことで、法定相続分の半分が認められます。
今回の事例のように、先妻との間に子どもがいて、……と複雑な事情があるとき、今の妻を気遣って「全財産を後妻に」という遺言書を残す方がいます。しかし「遺留分が侵害されている!」と争いになることがあるので、遺言書に記す遺産の配分には気を付けるようにしましょう。
実際に遺留分の侵害が発生した場合には、間に弁護士を入れることが一般的です。そしてその弁護士が話をまとめながら、遺留分に達するまでの遺産の受け渡し(=遺留分の減殺請求)などを行います。
また、この遺留分という最低保障されている権利には、有効期限が存在します。遺留分が侵害されていることを知った日から1年です。1年を過ぎてしまうと遺留分の減殺請求はできなくなります。
ちなみに遺言書は法的に非常に強い効力をもっています。相続人全員が同意をした場合には、その内容を変更することが可能ですが、1人でも「遺言書通りに遺産を分けたい」という人がいたなら、遺言書の通りに遺産を分けなければいけません。
【動画/筆者が「遺言書の書き方の基本」を分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人