年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、遺言書に起因する相続トラブルを、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

優しく人望の厚い父と、父を慕う3人の子どもたち

今回ご紹介するのは、ある地方に住むAさん(夫)と、妻、長女、長男、次女の5人家族です。Aさんの父は小売業を営み、Aさんは40歳を過ぎたときに会社を継ぎました。Aさんの手腕もあり、会社の業績はとても順調に推移しました。

 

小さいころから社長として活躍する背中を見て育った3人の子どもたちにとって、父親であるAさんは尊敬の対象でした。長男は「いつか、お父さんのようになりたい」と言い、長女や次女も「将来はお父さんの会社で、お父さんと一緒に働くの」と事あるごとに言っていたそうです。

 

3人の子どもたちはみな東京の大学に進学しましたが、長女は卒業後、地元に帰り、Aさんの会社に就職。その数年後、長男も地元に帰り、Aさんの会社に就職しました。さらにその数年後、次女も……とはなりませんでした。当時、次女にはお付き合いをしている男性がいたため、地元に帰り父の会社に就職するか、それとも東京の会社に就職して、男性のそばにいるか、ずいぶんと悩んだそうです。

 

悩む次女の姿を見たAさんは「自分の人生なんだから、自分で決めなさい。どこにいても大切な娘であることに、変わりはないのだから」と声をかけました。父の言葉もあり、次女は地元に帰らず、東京の会社に就職することを決めたのです。

 

結局、次女とその男性は、しばらくして別れました。ある意味、障壁がなくなったので「もしかしたら、こっち(地元)に帰ってくるのでは」と家族は考えたそうです。しかし「彼と別れたから地元に帰るというのも、ちょっと嫌ですよね」と笑う次女。そのまま東京にいることを選びました。

 

「ただ、お父さんは地元に帰ってくることを期待していたのかもしれない……それが少し気がかりでした」と次女は言います。父の本意を知りたくて、単刀直入に聞いたことがありました。その時もAさんは、「自分の人生なんだから、自分で決めなさい。どこにいても大切な娘であることに、変わりはないのだから」と以前言ったことを繰り返したそうです。

 

しかし、その数年後、状況は一変します。Aさんが倒れたのです。

 

数日、生死の境をさまよったあと、Aさんは帰らぬ人になりました。会社のトップの突然の死により、会社は大混乱……と誰もが考えていましたが、様々なことがスムーズに進んでいきました。

 

実はAさん、もしものことが起きた場合を考え、遺言を作成。それを定期的に更新していたのです。

 

遺言書通り、新社長は長男に、長女はそのサポート役にまわりました。新しい経営者の脇を、会社を古くから支える役員が固めます。こうして、あっという間に新しい体制が整ったのです。「A社長は、本当に素晴らしい人でした。だから、新社長も全力でサポートします」と、とある役員。スムーズな新体制の構築には、Aさんの人望があったのです。

 

会社も落ち着いたころ、次は家族内で相続について話す場が設けられました。それが悲劇の始まりとなりました。

遺書に残されていた遺産分割に次女は……

ある日曜日。東京で働く次女が実家に帰ってきました。葬儀が終わった後、1ヵ月ぶりの帰省でした。

 

長男「父さんの相続だけど、遺言書を残してくれたから、その通りに分けていいよな」

 

長女「問題ないわ」

 

特に異論が出ることなく、スムーズに話し合いは終わりました。遺言書通り、母には1,000万円ほどの現金、長男には実家とマンション1戸と3,000万円ほどの現金、長女はマンション1戸と現金3,000万円ほどの現金、次女には1,000万円ほどの現金が分けられました。

 

会社を継ぐ長男・長女には遺産をあつく、母には今後の生活に困らない程度の遺産を、次女にはいずれ必要になるであろう結婚資金プラスαを……そのようなことを考えて、Aさんは遺産の配分を考えたのでした。

 

遺言書にはそのような遺志は書かれておらず、淡々とした文章で分割の仕方が書かれていましたが、遺産の分け方に疑問を持つ家族はいませんでした。ただ1人を除いて。

 

「わたしだけ、1,000万円……お姉ちゃんとお兄ちゃんは、マンションまでもらっているのに。なんで……」

 

「お父さん、私のこと愛していなかったのかな」

 

「東京に残ったこと、やっぱりお父さんは嫌だったのかな」

 

「お父さんは……」

 

実家を後にした次女は、念仏をとなえるように、ひとり言を繰り返しました。そして数週間後、一本の電話が実家に入りました。次女が勤める会社の上司からでした。

 

「すみません、C子(=次女)さん、いらっしゃいませんか?」

 

「えっ、いえ、いませんが、何かあったんですか?」と電話に出た母は、突然のことで驚き、うわずった声で答えました。

 

「実はここ数日、無断欠勤が続いていまして。携帯電話にも、自宅にも電話したのですが、まったくでなくて。それで事件にでも巻き込まれてないかと心配になり、実家であるこちらに電話をした次第で……」

 

さらに驚いた母は、長男にも声をかけて急いで東京へ。次女の家を訪れました。何度もチャイムを鳴らしても、応答がありません。

 

「まさか……」

 

大家に連絡をし、カギを開けてもらうことにしました。そしてカギを開けた扉の向こう側に、ペタンと座る次女の姿がありました。

 

母「C子、大丈夫!」

 

次女「……あっ、お母さん」

 

長男「おい、どうしたんだよ。会社から電話があったんだぞ。無断で会社を休んでるって」

 

すると、次女はボロボロと涙を流し始めました。驚く、母と長男。

 

次女「だって、お父さん、私のこと嫌いだったんでしょ。気に入らなかったんでしょ。だから遺産も少なかったんでしょ」

 

母・長男「えっ!?」

 

子どもたちのなかで、唯一、地元に戻らなかった次女は、父に負い目を感じていました。また「遺産=愛情」と捉えてしまったことで、自身を追い詰めてしまい、次女は軽いうつ状態になってしまったのです。

 

遺産の差から始まった悲劇
遺産の差から始まった悲劇

10人に1人が遺言書を残しているが…

今回は、遺言書があったので、突然の不幸に関わらず会社の混乱は避けることができました。しかし遺産の分け方に差を付けたことで、問題が生じてしましました。生前、家族に思いを伝えるか、遺言書にきちんと盛り込んでいれば、このようなことは避けられたでしょう。

 

遺言書には、大きく分けると2種類あります。作るのに手間とお金がかかりますが、法的な効力が強い、公正証書遺言と、誰でも簡単に無料で作れますが、法的な効力が弱い、自筆証書遺言です。

 

平成28年度に作成された公正証書遺言の件数は、約10万5件です。余談ですが、ここ近年、公正証書遺言を作る人が急増しています。9年間で1.4倍に増えています。相続対策への関心の高さがうかがえます。

 

一方で、簡単に作れる自筆証書遺言は、相続が発生した後に、家庭裁判所で検認という手続きをしなければいけません。平成28年に行われた検認手続きは約1万7千件です。

 

現在、日本では毎年約130万人の方がなくなっています。つまり公正証書遺言作成者10万5千人+自筆証書検認1万7千件=遺言書を作った人は約12万人となり、約10人に1人は遺言書を残しているという計算になります。

 

遺言書は必ず作らなければいけないものではありませんが、「遺言書があって本当によかった」、「遺言書さえ残しておいてくれれば」というシチュエーションはたくさんあるのも事実です。また遺産の分け方に差をつけるのであれば、その思いを相続人と共有しておくといいですね。

 

【動画/筆者が「遺言書の書き方の基本」を分かりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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