好きな香りや音楽、瞑想で心を落ちつかせる
寝る前にリラックスできる自分だけの方法を見つけるのも一つの手です。それを毎晩、決まった時間に行ってルーティンにすることで、「これから寝るのだ」と気持ちの切り換えになり、心も体もお休みモードに入りやすくなるからです。これが習慣化すれば、睡眠へのスイッチが自然に入るようになるでしょう。
特に、嗅覚や聴覚のような感覚に作用するものは、ストレスの軽減になって心を落ちつかせるのに効果的です。代表的な方法は、アロマセラピーや音楽です。また、瞑想も心を安定させる作用があります。
●アロマセラピー
植物から抽出した香り成分である精油(エッセンシャルオイル)を使って心身に働きかけ、不調を整えるのがアロマセラピーです。
私たちが香りを感じるのは、空気中に漂う香りの成分を呼吸によって鼻に取り入れ、鼻の奥にあるニオイを感じる器官である嗅粘膜に溶け込み、ここで香り成分を情報として嗅細胞がキャッチすることから始まります。キャッチした香りの情報は、電気信号に変えられて大脳辺縁系に伝えられることで、私たちは香りを認識しています。
大脳辺縁系は、人間の記憶と感情に加えて、自律神経やホルモン、免疫の調節も司っています。そのため、ある香りを嗅いだとき、昔の記憶がよみがえり懐かしく感じるほかに、自律神経系・ホルモン系・免疫系を整える効果や、リラクゼーション効果、血液やリンパ液の流れを良くしたり、代謝を高めたりする効果が期待できるとされています。
その一方、ストレスを受けると、大脳辺縁系の働きは低下して、病気など体に不調が現れます。そこで、アロマの香りで脳をリラックスさせてストレスを取り除くことで、自律神経のバランスが整うほか、自己免疫機能が向上し、病気にもなりにくくなるといわれています。
また、香りは脳に直接働きかけるため、アロマセラピーはうつ病や認知症の治療においても有効という最近の研究結果もあります。
ほかにも、副交感神経の高まりによって動脈機能が改善したなど、体への多くの効果が報告されています。
研究では、ラベンダーやネロリの香りがセロトニンの分泌を促進して神経系を鎮静し、リラックス効果をもたらすので不眠に有効とか、グレープフルーツの香りはエンケファリンの分泌を促して痛みの緩和や幸福感をもたらすことなどが明らかにされています。
眠れないときにはラベンダーやネロリのほかに、カモミール、マジョラムの香りが良いといわれています。これらの香りを嗅いだり、入浴の際にお湯に数滴たらしたり、ハーブティーを飲むのも良いでしょう。
ただし、いくら作用が期待されるものでも、自分の嫌いな香りでは意味がありません。自分の好きな香り、リラックスできる香りを選ぶのも大切なことです。
●音楽
好きな音楽を聴いてリラックスしたり、波の音や小川のせせらぎを聞いて心を落ちつけたり、音には人の心を癒す力があることはよく知られています。
耳から入った音の情報は、聴覚神経から大脳辺縁系に伝えられて認識されます。心地良い音楽を聴くと、副交感神経が優位な状態となり、ストレスを緩和するホルモンが分泌されることで、気持ちが落ちつきます。
すると、心身が安らいでいるときに見られる脳波の「α波」が高くなることが分かっています。このことからも、音楽には心身をリラックスさせ、睡眠に適した状態にする力があると考えられています。実際に、専門家が行う「音楽療法」は医療の現場でも活用されています。
しかし、一方では音楽によっては気持ちを奮い立たせるなど、テンションを上げるものもあります。そういう音楽は、ほとんどの場合で高音やアップテンポ、高揚感のある曲です。したがって、寝る前に聴くと交感神経が優位になり、かえって頭が冴えて寝つけなくなるので不向きといえます。
では、良い睡眠をもたらす音楽はどういうものかというと、極端な音の強弱がないゆったりとしている曲です。そして、安静時の鼓動のようにテンポが一定であると、心身が落ち着きます。
また、頭に残らず自然に聞き流せるようなメロディーで、睡眠を邪魔しない刺激の少ないものが良いとされています。ですから、日本語の歌詞はつい聴いてしまうので、逆効果になる可能性があります。
最近は、寝つきを良くするCDなども出ていますから、そういうものを利用するのも良いでしょう。
音楽ではありませんが、波の音や小川のせせらぎなど自然が奏でる音は、聞いていると心地良く、ついウトウトしてきます。これは、「f分の1ゆらぎ」といって、規則的な中にも不規則が混在している“ゆらぎ”があるからです。
電車のガタンゴトンという音も、規則的なリズムを刻み続けますが、絶対的に一定なわけではなく、予測できないリズムが必ず入ってきます。
こうしたf分の1ゆらぎは、リラックスさせる周波数のためα波が引き出しやすく、睡眠時の音楽に向いているとされています。ですから電車に揺られていると眠くなるわけです。このような音を寝る前に静かに聞くのも良いでしょう。
●瞑想(マインドフルネス)
私たちは、今この瞬間を生きているようで、実は過去に縛られていたり、まだ来てもいない将来に不安を感じたりして悩んでいることが多いものです。
こうした過去や未来から放れ、「今ここ」に意識を集中した状態になると、あるがままの現実を受け入れるマインドとなり、自分らしくいられるようになることで心が安定したり、集中力がアップしたり、ストレスが軽減したりします。この状態を「マインドフルネス」といいます。
マインドフルネスは、もともと古代仏教より伝わる伝統的なメソッドで、ここから宗教的な要素を取り除いた「瞑想」のことを指します。米国では、グーグルをはじめフェイスブックやインテル、マッキンゼーといった企業のほか、政府機関の研修でもマインドフルネスは取り入れられています。
寝る前に日中での失敗や心配事などを思い出して悩んだりすると、寝つきが悪くなるうえ、そのネガティブな記憶が睡眠中に定着してしまいます。それが、翌日にも引きずることとなり、ストレスを溜める要因にもなります。ですから寝る前に静かに瞑想をして、マインドフルネスの状態にすることも大切です。
これによって翌朝は、心がリセットされて新しいスタートを切ることができるようになります。
◆睡眠薬をうまく活用するのも一つの手
睡眠時無呼吸症候群の患者は、不眠やうつ症状が見られる人も多いため、抗うつ薬や睡眠薬などを服用しているケースがよく見受けられます。
これらの薬は、アルコールと同様に喉や舌の筋肉を緩め、いびきや睡眠時無呼吸症候群の症状を悪化させる場合もあります。特に日本人は、海外に比べて睡眠薬の使用頻度が高く、依存性があるので容易に使用するには注意が必要です。
だからといって、不眠や日中の眠気をそのままにしていたのでは、事故などを起こす危険があります。ですから、つらいときは我慢せずに睡眠をとることを優先させ、医師に相談の上、安全性の高い睡眠薬を用いるのも一つの方法ではないかと、私は思っています。
末松 義弘
筑波記念病院 副院長・心臓血管外科部長・睡眠呼吸センター長