子どもに何となく勉強させてはいませんか? 「とにかく勉強しろ」「量をこなせ、時間を費やせ」…適当な理由だけで勉学に取り組んでいても、子どもは成長できません。学問をする上で本当に必要なのは、勉強量ではなく、「思考力」です。本記事では、学習塾「灘学習院」を開校した江藤宏氏が、実例をもとに「考え方を鍛える方法」について解説します。

「機械的な学習」には何の意味も価値もない

◆思考教育は家庭でできる

 

考える力をつける思考教育は、理想をいえば、緊張感を持続できる場で取り組むのが望ましいでしょう。具体的には、授業時間中は子どもたちに対してひと言も発しないことで有名な「宮本算数教室」や、メリハリのある塾が理想です。

 

こうした場では、空間の力が働きます。自分一人ががんばっているのではなく、まわりにいる他の子どもたちも、一生懸命に考え続けている。その空気感が、子どもに心地よい緊張感を与えます。自分もがんばって考えようという意欲をかき立てます。

 

だからといって、頭を鍛える訓練が家庭でできないわけではありません。そのために必要なことは、親が意識を変えることです。

 

勉強とは何をすることなのか。頭を使うことです。計算練習をすることでも、簡単に解ける問題を機械的に繰り返すことでもありません。そんなことをいくら繰り返しても考える力はまったく養えません。子どもがわからないと言った時に、教えてあげることも違います。

 

考える訓練をするには、灘中学校や開成中学校の入試問題などの難問を、親子で一緒に考えてあげればよいのです。できれば30分、最低でも20分間、子どもの緊張が切れないように、集中して考え続けることができるように、横についてあげる。

 

仮に親が解けたとしても、それを子どもに説明しないでください。むしろ、親は解けない方がいい。問題文を一文ずつ読みながら、子どもに尋ねてあげましょう。

 

例えば「お父さんは、この問題の意味がよくわからないんだけど、どういうことかな?」とか「お母さんにもわかるように教えて?」といった案配です。あるいは「お父さんは、こう思ったけれど、どうかな?」と自分が思いついたことを口にするだけでも構いません。要は、子どもの緊張感を維持し、少しでも長く考え続けるように導くことです。

 

結果を焦らないことも大切です。おそらく家庭で取り組む場合は、塾で訓練するよりも、成果が出るまでにかかる時間は長くなるでしょう。けれども、考える訓練を続けていれば、間違いなく考える力は養われていきます。

 

子どもが本当に考えているかどうかは、子どもの目を見ていればわかるものです。真剣に考えている時は、目に力があり輝いています。これがどう考えても先に進めなかったり、考える手立てがなくなったりしてしまった時に目の力は失われてしまいます。

 

親が見てあげるポイントは、ここです。子どもたちの目が死んできた時に、考える大切さを伝えて励ますのです。苦しいけれど、がんばろうとやる気を起こさせるのです。

 

塾では子どもたちを励ました上で、講師がヒントを与えます。といっても、決定的なヒントではなく、「こんなふうに考えてみたらどうなるかな?」とか「問題文のこの部分は、どういう意味だろう?」と考えを先に進めさせるためのヒントです。

 

さすがに、家庭で親が適切なヒントを出すことは難しいと思います。けれども考えるように励ますことはできるはずです。よくがんばっているねとほめてあげて、少し休憩してもいいでしょう。それからまた考える。ヒントは出さなくて構いません。その代わり子どもに説明を求めてください。問題文を一文ずつたどりながら「これはどういう意味?」「この数字は、何のこと?」と、ごく初歩的なことで構いません。

 

問いかけが、頭を動かす力になります。そして、頭を動かし続けてさえいれば、必ず考える力はついていきます。早ければ三カ月後、平均で半年後、もしかすると1年ぐらいが必要なこともあるでしょう。どれだけ時間がかかったとしても、子どもの考える力は、間違いなく養われている。親の信念が子どもを伸ばすのです。

 

思考力は家庭で鍛えられる
思考力は家庭で鍛えられる

「6÷0をどう理解するか?」で思考力を鍛える

◎思考教育の授業

 

実際の授業では、どのように教えているでしょうか。私たちの塾では、考える空気づくりを何より大切にしています。子どもたちに考える時間を十分に与えるために、授業時間内に取り組む問題数は極力絞り込んでいます。ある日の授業を見てみましょう。

 

午後4時45分。小学校4年生を対象とした「小思考1」の授業が始まりました。教室には20名ぐらいの生徒がいます。そのほとんどが4年生ですが、中には3年生や5年生もまざっています。単純に学年でクラス分けをするのではなく、一人ひとりのレベルに合わせて最適な授業を受けてもらっています。

 

また4年生のクラスだからといって、内容がそのレベルに限られることもありません。今からご紹介する授業も、内容は4年生の算数レベルを超えています。時間になると、考師(私たちの塾では教師をこう呼んでいます)が黙ってプリントを配り始めます。これが授業開始の合図です。

 

〈今日の問題〉

(1)6÷3

(2)0÷3

(3)6÷0

(4)0÷0

 

学校の授業なら、法則をざっと教えた後、練習問題を繰り返して覚え込ませるところでしょう。けれども「0」の入った割り算は、初めて取り組む4年生にとっては、なかなかの難題です。

 

しばらくすると、問題を解けた子どもが手を挙げ始めました。考師は、子どもたちの間を見て回ります。

 

「2問合ってるよ。もう少し、考えてみよう」

「1問は正解だね。がんばって深く考えたら、きっとわかるよ」

「最後の問題だけが違うね。あきらめないで、考えてごらん。必ず解けるから」

 

考師の役目は、子どもの状況に応じた声がけをして励ますことです。考師にはいつも、子どもを敬う心を持つよう繰り返し指導しています。どんな子どもでも可能性は無限にある、と私たちは信じています。その可能性を子どもが自分で伸ばしていけるように、サポートするのが考師の仕事です。

 

授業が始まって10分が過ぎました。普通の子どもなら、そろそろ集中力の限界となります。灘学習院でも、入塾して日の浅い子どもたちにはサポートが必要です。教室を見回している考師には、A君の目が死んできたことがわかりました。いよいよ、ここからが考師の出番です。

 

「A君、難しいよね、この問題。実は高校生でも簡単には解けないんだよ。前に出てきて、先生と一緒に考えてみよう」

 

このように授業では毎回、苦しそうにしている子どもを見つけると、考師が声をかけてマンツーマンで考えるサポートをします。

 

「第1問は、わかるよね?」

「最初の問題は簡単です。これで良いですね」

 

A君は(1)の問題を解いて「2」と答えを出しました。

 

「正解だ。では、6÷3は、どうして2になるのか説明してくれる?」

 

6÷3が2になるのは九九を覚えていれば誰でもわかることですが、そこで「なぜ?」「どうして?」と問いかけることで、子どもの思考が動き始めるのです。

 

「え~と、例えば6個あるリンゴを3人で分ければ、一人2個ずつになります」

「割り算というのは、分けることと考えればいいのかな?」

「たぶん、そうです」

「じゃあ、(2)の問題は、0個のリンゴを3人で分けることになるね」

「でも、0個って一つもないことでしょう。何もないのだから3人で分けても、誰も何ももらえません」

「だったら、(2)の答えはどうなるかな?」

「0です」

「すごいな。えらいね。その通りだよ。0って何もないことを表す数字なんだね」

「ちょっと待ってください。そうすると6÷0は、どう考えたらいいんだろ」

 

少し導いてあげるだけで、生徒は自然に自分で考えるようになります。ここで何より大切なのは「教えないこと」です。生徒が自分で考えを深めていけるように、与える問題は常に厳選しています。いったん生徒が思考モードに入ると、考師は今度はそばで見ていることが仕事になります。

 

「リンゴを分けると考えたら、6個を……0人で分ける? 0人って、一人もいないことだから、そもそも分けることなんてできるのかな?」

「そうだね。じゃあ、どう答えればいいかな」

「う~ん。難しいな」

 

一度、死にかけていたA君の目が、今ではキラキラと輝いています。頭の中は高速フル回転中、おそらくはずっと思考が続いていて、さらにその内容が深まっているのです。こうなると余計な言葉を掛けるのは却って逆効果でしかありません。

 

けれども、6÷0や0÷0に自力で答えを出すのは、なかなかの難題です。この記事をお読みの皆さまも、答えは知っておられると思いますが、なぜ、そうなるのかを説明できるでしょうか。少し突っ込んで「なぜ?」を問うことで、実は小学校の算数が、頭を使う最高の教材となるのです。A君がつらそうになってくると、また考師が声をかけます。

 

「6÷3は2だったよね。これは6個のリンゴを3人で分けるのと同じだったでしょう。ということは、逆に考えれば、3人が2個ずつリンゴを持っていれば、6個になるね」

「………」

 

A君は興味津々に考師の話に耳を傾けています。

 

「6÷3=●とすれば、●に入る数は2でしょう。だったら、3×●=6と考えてもいいね」

「あっ!」

「何か思いついたかな?」

「だったら0÷3=●とすれば、3×●=0になればいいんだ。ということは●は0です」

「スゴイぞ。じゃ6÷0はどうなる?」

「6÷0=●でしょう。ということは●×0=6………? あれ、おかしいな。0には何をかけても0にしかならないはず」

「そうだね。ということは、この●に当てはまる数は?」

「ありません!」

「よくわかったね。何かを0で割った場合には、答えは出せないんだ」

「じゃあ、最後の問題はどうなるんだろう。0÷0=●だから●×0=0ということか。わかりました! どんな数に0をかけても、必ず0になります。だから、●にはいる数はなんでもいいはずです」

「すごいぞ、A君! よくそこまで考え続けることができたね。最高だ」

 

どの学年、どの教科においても、灘学習院の授業は毎回、このように進められています。

 

今回の授業でA君が身につけたのは、0が関わる割り算の解き方ではありません。「0」という数の意味、割り算によって導き出される考え方、そして割り算と掛け算の関係など多彩な内容です。それも誰かから教えられたのではなく、自分で考えて得たものです。これが「頭を使う習慣」づくりの内容なのです。

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