「逮捕歴」と「前科」を混同する人は多いが…
逮捕されたことがある芸能人などがテレビに出てきたときに、「あいつは、前科があるんだよ」などと言う人がいます。しかし、もしその芸能人が、逮捕された後に釈放され、裁判にかけられていないのであれば、このような言い方は正しくありません。
前科は、逮捕後に起訴されて刑が確定して、罰金なり懲役なりの刑罰を科されたことがある状態を意味します。逆に言えば、逮捕されても、起訴されなければ、あるいは起訴されても無罪になれば前科があるとは言いません。逮捕されただけであれば、「逮捕歴」がつくだけなのです。
したがって、もし酔っぱらったはずみで喧嘩をし警察に逮捕され留置場に入れられるような経験があったとしても、「自分は前科持ちになった…」などと必要以上に思い悩む必要はありません。
前科と逮捕歴とでは、公的機関におけるその情報の取り扱いも異なります。
まず、前科については、警察はもちろん検察庁や都道府県の役所で管理するデータベースにもその記録が残り続けることになります。一方、逮捕歴に関しては、データが残るのは逮捕した警察署だけであり、都道府県の役所ではそもそもその事実を把握していません。
「罰金」と「反則金」もまったくの別物
「罰金」と「反則金」もしばしば一般の人が混同しがちなものです。交通違反で捕まり青キップを切られたときに白バイ警察官から請求されるものを「罰金」と思い込んでいる人は多いようですが、実はこのとき支払っているのは「反則金」なのです。
では、罰金と反則金は何が違うのでしょうか。
まず、罰金は刑罰であり、刑事裁判の結果、刑が確定してはじめて科されるものです。したがって、たとえ交通違反があったとしても、裁判にかけられていないのに罰金を支払わされることはありえません。
一方、反則金は、交通反則通告制度に基づいて課される過料です。つまり、刑罰ではなく行政処分になります。ちなみに反則金の額については、図表1に挙げたような形となっています。
反則金は必ず支払わなければならないわけではなく、「自分は交通違反はしていない」などと主張して事実を争うことも可能です。その場合には、おそらく起訴され、刑事裁判にかけられることになるでしょう。その結果、「罰金」を支払うことになるか否かは、裁判の結果に左右されることになります。
検挙された刑法犯の約8割は「不起訴処分」
警察で検挙した刑法犯の約8割は不起訴処分になっていると知ったら、意外に思う人も多いのではないでしょうか。
警察が検察庁に送致する事件は、大きく強制事件と任意事件の二つに分けられます。前者では逮捕や捜索などの強制捜査が行われるのに対して、後者では任意の捜査のみが行われます。警察で取り扱われる事件の大半は軽微な犯罪(万引き、自転車盗、暴行・傷害、器物損壊など)であり、任意事件として送致されています。 そして、この任意事件のほとんどは起訴されずに不起訴処分として処理されているのです。
一方、殺人や強盗、強姦、放火など重要凶悪事件については、当然、被疑者が逮捕され強制事件として送致されています。
もっとも、殺人事件などについても実際に起訴されているのはその3割程度です。しかも驚くことに、実刑判決(執行猶予なしで刑務所に収監される)を受ける被疑者は、起訴された事件のうちわずか2パーセントに過ぎません。この数字は10年以上変わっていません。
全国で検察庁に送致された十数万件の事件の中から実際に刑務所に収監される割合として、果たして多いのか少ないのか、非常に微妙な数字と言えるかもしれません。
ただし、起訴されれば「99.9パーセント有罪」に
検挙された人のうち8割が不起訴になっているという事実に対しては、「捕まっても起訴されない」と思う人もいるでしょう。しかし、起訴されれば99・9パーセント有罪になるというのも事実です。特に、任意ではなく、逮捕されたときは約半数が起訴されています。
そもそも、捜査の原則は任意であり、基本的に相手の同意を得て行われなければなりません。逮捕のような強制的な処分は、犯人が身分を明らかにしないような場合や逃走・証拠隠滅の恐れがある場合に限られるというのが法の立て付けです。逆に言えば、相手が身分を明らかにしており、逃げも隠れもしないことが明白な場合には、逮捕をせずに任意で捜査をしなければいけないわけです。
しかし、現状では、警察の検挙の3割は逮捕が行われている実情があります。そして、その半分は不起訴という事実も否めません。たとえば、川で砂利を取る程度の行為でも許可なく行えば砂利採取法違反で捕まえることができますし、護身用のナイフを持っていたら銃刀法違反で逮捕することも可能です。その結果、逮捕されて不起訴になる例も多くなっているわけです。
このように安易に逮捕が行われている背景の一つとしては、前述したように現場の警察官に対して検挙数のノルマが厳しく課されている状況があることを指摘できるでしょう。「ノルマを達成するためには、まず捕まえなければ」――現場の警察官をそのような気持ちに駆り立てる雰囲気が今の警察の中にあることは否定できないように思われます。
「とりあえず逮捕」という姿勢の警察官たち
「とりあえず逮捕しろ」と現場の警察官が言われているこうした状況は、国民にとっては大変迷惑なことかもしれません。捜査の原則は任意とされていますが、任意では取り調べをしたくても「今日は会社の仕事で行けません」などと拒まれれば無理強いできません。
しかし、逮捕している相手なら、警察の留置場に入っているので、すぐに取り調べることが可能になります。警察の立場からすれば、取り調べをしやすくなるわけです。
さらに言えば、そもそも、このように警察が「とりあえず逮捕」という姿勢になりがちなのは、裁判所が逮捕状をすぐに出してしまうことにも一因があると言えます(捜査の行き過ぎを防ぐためには、裏付け捜査をしっかり行うべきでしょう。私は、取り調べの可視化よりもむしろ逮捕手続の改善のほうが重要と考えています)。
いずれにせよ、何らかの犯罪の嫌疑をかけられ、警察に呼ばれたときには、「いつ逮捕されてもおかしくない」という心構えが求められるでしょう。万が一、そのような事態に陥ったときには、最悪の事を考えて準備しておくことが大事です。
防犯カメラ捜査は有効な一方、「冤罪リスク」も…
最近、防犯カメラの映像が決め手となって犯人が捕まるケースが増えています。
一昔前は、たとえカメラに映っていても画像が粗く顔の細部まではわからないことが珍しくありませんでした。しかし、カメラ自体の性能がアップしたことに加えて、画像解析技術の向上により、今は録画さえされていれば、科捜研などが手を尽くし、鮮明な顔の画像を得ることが可能です。
しかも、人々の防犯意識の高まりを背景として、商店街、コンビニエンスストア、駅など…あらゆるところに防犯カメラが設置されるようになりました。それらに記録された映像を回収して、つなぎあわせていけば、犯人の逃亡ルートなどを難なくたどることができてしまいます。
こうした〝防犯カメラ捜査〟が大きな成果を上げているのはもちろん喜ばしいことですが、他方で聞き込み捜査がおろそかになっているのではないかという懸念があります。
最近の若い世代の警察官には、「公務員だから」という安定志向で入ってくるものも少なくなく、その中には、聞き込み捜査を行ううえで必要不可欠なコミュニケーション能力や会話のスキルが不足しているものも多いと耳にしています。
実際、埼玉で起きたある事件に関して、私のところに「何か手掛かりはないか」と二人の刑事が訪ねてきたとき、そのうちの若い一人はマスクをしたまま名刺を差し出そうともしないので、〝そんな態度では誰も話をしてくれないよ〟とあきれたことがあります。
聞き込み捜査は、捜査の基本中の基本であり、それが満足にできないものは警察官を名乗る資格がないと言わざるを得ません。また、防犯カメラ頼りの捜査には危険な側面もあります。
2019年1月に、松山市でタクシーの車内から売上金などが盗まれ、女子大学生が犯人と間違われ逮捕された事件がありましたが、その原因となったのはタクシーのドライブレコーダーの記録でした。その映像だけで女子大生がお金を盗んだと決めつけ、裏付け捜査を怠っていたことが警察の失態を招いたのです。
やはり、最後は人です。警察官が自らの目と耳と頭を使って真実を求めなければなりません。カメラばかりに頼っていては、同様の冤罪事件が今後も起こりかねません。
佐々木 保博
株式会社SPI 会長