昨今のドラマは、内部事情をリアルに描いたものもある
一昔前、刑事ドラマといえば、毎回、刑事が犯人と銃撃戦を演じて最後には事件が無事解決して終わるお決まりのパターンのものが多く、いささか現実離れしているような印象がありました。しかし、昨今は警察の内部事情をリアルに描写した面白いものが増えているように感じます。
現場とキャリアの壁、事件を解決する側と組織を守る側の対立――今の刑事ドラマの中で描かれているこれらのテーマは、一般官庁や企業などにも多かれ少なかれみられるものでしょう。
警察組織では、警視総監を最上位とするピラミッド型の階級社会が形成されています。階級と役職には下記図表のような対応関係があり、与えられる権限も異なってきます。一例を挙げると、逮捕状を請求できるのは公安委員会が指定する警部以上の者に限られています。
また、各都道府県で採用される警察官(ノンキャリア)と、国家公務員試験に合格して採用される警察官(キャリア)とでは階級が上がるスピードに大きな差があります。
前者が巡査からスタートして昇進試験を受けて巡査部長、警部補、警部と上がっていくのに対して、後者ははじめから警部補の地位が与えられ、20代後半には警視となり警察署長を任されます。つまり、若くして一国一城の主になるわけです。
このようにキャリアは早々と出世することがわかっているので、各警察署に赴任すると自分の意思にかかわらず、上げ膳据え膳の扱いを受けることになります。周りが何から何まで面倒を見てくれるので、飲食代やタクシー代を自分で支払うことも忘れてしまいます。
以前、埼玉県警の警察署長がタクシーの無賃乗車をして大きな騒ぎとなったことがありました。当時の新聞記事は「29歳エリート署長脱線 酒飲んで相客と口論 タクシー代払わず帰宅」という見出しを掲げ、次のように伝えています。
「埼玉県警の二十九歳のエリート署長が先月末、スナックのホステスのことで店の客と口論したうえ、その女性を浦和市内の自宅まで送っていったタクシー料金三千二百円を払わないまま自宅に帰る、という騒ぎを起こしていたことが、関係者の訴えなどから四日までに明るみに出た。タクシー料金は翌日支払われ、本人は『店の客とのトラブルを避けるため、いったん姿を隠した』と言っているが、警察幹部の軽率な行動に埼玉県警も頭をかかえている」(1981年10月5日付読売新聞より)
この例も示すように、同じ警察官でありながらキャリアとノンキャリアとでは〝感覚〟も〝常識〟も全く異なるのです。
自分の出世しか興味がない、組織の足手まといになる…
企業の中に出世のことばかり考えている社員がいるように、警察の中にも出世を第一とする警察官がいます。そのような警察官は暇があれば、ひたすら昇進試験の勉強ばかりしています。
また、若い人の中には知らない人もいると思いますが、警察には「ごんぞう」という言葉があります。組織運営の足手まといになる人という意味で、要するに仕事をしない警察官のことです。
元毎日新聞論説委員の三木賢治氏は、この〝ごんぞう警察官〟について次のように言い表しています。
「事件・事故には屁っぴり腰で臨み、満足に仕事をしない。交番の見張り番でも立番などはせず、茶でも飲みながら無為に時間を潰すだけ。警邏に出れば油を売って回り、面倒な仕事は後輩に押しつける…といった無気力な警察官の代名詞なのである。関西や西日本では『ごんすけ』との別名もあると聞く」(久保博司著『警察官の「世間」』(宝島社)より引用)
私が現職だったときにも、まさにここに書かれているような〝ごんぞう警察官〟が身近にいました。中には仕事をしない時間を出世のための活動にあて、要領よく昇進していった者もいます。
もちろん、警察官の多くはもともと正義感が強く、熱い誠実な人間です。ですが、警察には、このように、出世のことばかり考えている警察官やごんぞう警察官がいることを承知しておきましょう。犯罪被害に遭ったときに相談した者が、こうしたタイプの警察官だった場合には、「余計な仕事が増える」などと嫌がられ、まともに対応してもらえない可能性があるからです。
警備員の活動に「法的根拠」を求める声も
お祭りやマラソン大会などのイベント時には警察官と警備員が共同で警備をしている光景を目にします。そのため、「警備員は警察官と同じような権限をもっているのか」と思っている人もいるようです。
しかし、結論から言えば、警備員には警察官と同等の権限は与えられていません。
まず、警察官はさまざまな法律を根拠として活動しています。たとえば、職務質問は警察官職務執行法のルールにしたがって、容疑者の取り調べは刑事訴訟法の規定に基づいて行っています。
一方、警備員の行っている種々の警備活動に関してはこのような法的根拠が存在しません。警備員の業務に関しては警備業法で規制されていますが、同法は警備員の活動の法的根拠になるものではありません。
それどころか、警備業法第15条には以下のような規定が置かれています。
「警備業者及び警備員は、警備業務を行うに当たっては、この法律により特別に権限を与えられているものでないことに留意するとともに、他人の権利及び自由を侵害し、又は個人若しくは団体の正当な活動に干渉してはならない」
つまり「警備員に特別な権限が与えられているわけではない」ことが、法律ではっきりと示されているわけです。これでは、イベントなどで警備業務にあたる警備員が満足に業務を行うことが難しいでしょう。
警備員の仕事が社会的に重要であり、その存在が今や欠くことができないものであることは言うまでもありません。実際、警備のニーズは増え続けており、とりわけ、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは大勢の警備員が必要となるはずです。
危険と背中合わせの仕事であるにもかかわらず、適切な権限が与えられていない現状をそのままにしておくことは、現職の警備員や警備員希望者のモチベーションに悪影響を及ぼす恐れがあるでしょう。適切な権限が与えられない仕事なので、結果、志の高い優秀な人材が集まらず、頭数を揃えるだけになってしまっているという事実があります。
普段から訓練を受けていない警備員は、現場では当然役に立ちません。そのような現状を見ていると、数だけで、それだけでこれからの日本を守れるのかと頭が痛くなる思いです。警備員の活動に法的根拠を求める声は警備業界の中にすでにありますが、今後そうした意見はさらに高まっていくのではないでしょうか。
ちなみに、東京オリンピック・パラリンピックでは、複数の民間警備会社から構成される警備共同企業体が「オールジャパン体制」で一致団結して警備に取り組みます。こうした警備業界の新たな取り組みは、警備員の活動の法的根拠を巡る意見や議論などに少なからず影響を与えることになるかもしれません。
佐々木 保博
株式会社SPI 会長