警察官と聞けば「逮捕」という言葉が思い浮かぶが…
警察官と聞くと、反射的に「逮捕」の言葉が思い浮かぶ人も多いでしょう。
この逮捕についても、一般世間では少なからぬ誤解や思い違いがあるようです。たとえば、逮捕というと「警察官の専売特許=警察官しかできない」と思われていますが、実はそんなことはありません。ケースによっては、一般の人でも、犯人を逮捕することができる場合があるのです。逮捕に関する基本を確認しながら、具体的に説明していきましょう。
まず、「逮捕」とは、被疑者(犯人)の身柄を強制的に確保することです。刑事訴訟法の法文上は、逃走のおそれがある場合と、証拠隠滅のおそれがある場合に限って許されています(さらに、判例では、事件の重大性と社会的反響、被疑者の境遇、被害者の感情なども加味されると示されています)。
逮捕されると、警察署の留置場に留置され、検察庁に身柄が送致された後、検事によって起訴される─―というのが逮捕の一般的なイメージかと思います。
しかし、この「逮捕・留置・送致・起訴」の手続きはそれぞれまったく別手続きであり、留置されずに釈放されることや、検察庁に身柄が送致されず釈放されることもあります(それらの決定に関しては、すべて警察署長に権限があります)。
たとえば、次のようなケースがあったとしましょう。
「助けてください! 夫が暴れています!」
と女性の声で突然の110番通報─―警察官が現場に急行すると、頭から血を流して倒れている女性の姿が!
そのかたわらには、女性の夫らしき人物が血の付いた灰皿を手にしていたので、
「だんなさんですね」
と警察官が尋ねると、
「喧嘩になり、ついかっとなって殴ってしまいました」
との答え。
警察官はその場で夫を傷害罪の現行犯で逮捕しました。その後、夫を逮捕した警察官が妻に対して事情聴取を行ったところ、
「おまわりさん、夫は私を殴ったことを後悔しているようなので、釈放してもらえませんか」
と懇願されました。警察官は、「確かに自分がしたことを深く反省している様子だし、逃亡する恐れも、証拠を隠滅する恐れもないから留置場に入れなくてもよいかな」と考え、夫を釈放しました。
このように、逮捕されたからといって必ず留置されるわけではありませんし、また検察に身柄が送られるとは限らないわけです。なお、逮捕を含めた捜査の流れは図表のような形となっています。
逮捕には「通常・緊急・現行犯」の3種類ある
また、逮捕には①通常逮捕、②緊急逮捕、③現行犯逮捕の3種類があります。
①通常逮捕は逮捕の際に、裁判官の発する被疑者の氏名や罪名などの記載された逮捕状を示して行うものであり、逮捕の原則型になります。このように、逮捕の際に原則として逮捕状の提示が求められているのは、日本国憲法33条において「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない」と定められているためです。
②緊急逮捕は窃盗や殺人など一定の重大犯罪について、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときに、その理由を告げて行うものです。緊急逮捕後には、直ちに裁判官に逮捕状を求める手続きをとらねばなりません。
③現行犯逮捕は現に犯罪を行っている者または行い終わった者を、逮捕状のないまま逮捕するものです。前に示したように、憲法自体が「現行犯として逮捕」する場合には例外的に逮捕状が不要となることを定めています。また、現行犯と同一視できる場合にも逮捕状なく逮捕することが認められています。これを「準現行犯逮捕」といいます。
【資料】各逮捕に関する統計
逮捕件数[平成30年]
●現行犯逮捕……30,041件
●緊急逮捕………3,493件
●通常逮捕………37,847件
逮捕件数が最も多い県[平成30年度]
●現行犯逮捕……東京都の5,879件
●緊急逮捕………愛知県の531件
●通常逮捕………東京都の6,213件
(データ:政府統計の総合窓口「犯罪統計」より)
全体の逮捕件数は東京が28,468件でトップであり、それを反映した形で現行犯逮捕、通常逮捕の件数も最も多くなっている。しかし、緊急逮捕の件数は72件に過ぎない。愛知県はその7倍以上という結果となっている(愛知県の全逮捕件数は13,622件)。
実は誰にでもできる「現行犯逮捕」
このうち、③現行犯逮捕については、誰でも行うことが可能です。先に警察官でなくとも逮捕できる場合があると述べましたが、それは、この「現行犯逮捕」のことです。
実際、一般人による現行犯逮捕は当たり前のように行われています。電車内で乗客が痴漢を取り押さえたり、スーパーなどで〝万引きGメン〟と呼ばれる警備員が万引き犯を捕まえたりしているのは、この現行犯逮捕に基づいているのです。
現行犯逮捕を行うためには、逮捕する相手が「現に犯罪を行っている者または行い終わった者」であることが必要です。たとえば、今まさに被害者が暴力をふるわれているという場合や、泥棒が人の家から盗んだモノを手にして出てきたような場合であれば「現に犯罪を行っている」あるいは「行い終わった」と言えるので、現行犯逮捕が可能になります。
一方、犯人を追っかけて見失ってしまったような場合には、その時点で「現行犯」ではなくなります。したがって、その場合には、次に説明する準現行犯逮捕の要件が満たされない限り、犯人を見つけても現行犯逮捕はできないので注意が必要です。
「準現行犯逮捕」を満たす4つの要件とは
今触れたように、現行犯逮捕と同じく、準現行犯逮捕についても一般人が行うことが可能です。ただし、準現行犯は以下のような4つの要件のいずれかを満たしている場合にのみ認められています。
①犯人として追呼されているとき(「あいつに盗まれた!」などと叫ばれて追いかけられているような状況など)。
②犯罪によって手に入れた物または明らかに犯罪の用に供したと思われる凶器その他の物を所持しているとき(盗品を所持していたり、殺人に用いたと思われる血痕のついたナイフを持っているような場合など)。
③身体または被服に犯罪の顕著な証跡があるとき(着ている服に大量の血しぶきがついているような場合など)。
④誰何(すいか)されて逃走しようとするとき(職務質問しようとした警察官に声をかけられて逃げ出したような場合など)。
実際には、犯行が行われた直後に、このような要件が満たされているかどうかを判断することは容易ではないでしょう。そのため、準現行犯逮捕を一般人が行うことは少なく、通報を受けて駆けつけた警察官によって逮捕されるケースがほとんどです。
なお、現行犯逮捕あるいは準現行犯逮捕の際に、捕まえた相手にはずみでケガを負わせたとしても、後述する正当防衛の範囲にとどまるのであれば罪を問われることはありません。たとえば、相手を倒して擦り傷を負わせた程度であれば傷害罪は成立しません(ただし、相手が意識を失った後も殴りつけ半死半生にするなどいきすぎた場合には過剰防衛に問われる恐れはあります)。
ただし、現行犯逮捕、準現行犯逮捕を問わず、行えるのはあくまでも「逮捕」だけです。警察官のように逮捕した後に所持品検査を実施したり、取り調べをしたりすることは許されていません。したがって、逮捕をしたらすぐに110番をして警察を呼ぶことが必要になります。
佐々木 保博
株式会社SPI 会長