10年足らずで人気の街に変貌した「武蔵小杉」だが…
東京の臨海部や再開発が進むエリアでは、次々とタワーマンションが作られ、居住地としてはもちろん、投資対象としても熱い視線が送られてきた。しかし昨年の台風19号で武蔵小杉のタワーマンションが被災すると、人気エリアであっても災害リスクは無視できないことを再認識させられた。
そこで今回は、近年タワーマンションが林立するようになり、人気エリアと化した「武蔵小杉」と「豊洲」に焦点をあて、投資対象としての現状と可能性、そして災害リスクについて考えていく。
まず、武蔵小杉がどのような街なのか、振り返ってみよう。神奈川県川崎市中原区に位置する武蔵小杉は川崎市のほぼ中央部、東京都心からは15km(東京駅を起点とする)ほどの距離にある。JR南武線、横須賀線、湘南新宿ライン、相鉄・JR直通線、東急東横線、東急目黒線が乗り入れる、交通至便な立地が人気の街だ。
元々この一帯は工業地域だった。1935年に現在の富士通本店・川崎工場(最寄りは「武蔵中原」駅)、1936年に現在のNEC玉川事業場(最寄りは「向河原」駅)ができるなど、1930年代に次々と大企業の工場が進出したのだ。
しかし戦後、高度成長期を迎えると、周辺では急速に宅地化が進行した。「武蔵小杉」駅周辺に点在していた工場や企業の用地は移転、用地変更がなされ、1995年には地域初の高層ビル「武蔵小杉タワープレイス」が竣工。2007年に「レジデンス・ザ・武蔵小杉」が竣工すると、エリアでは連鎖的に再開発が進み、わずか10年足らずで20階建て以上のタワーマンションが14棟も建てられることになった。
さらに2014年には「グランツリー武蔵小杉」「ららテラス武蔵小杉」など、大規模な商業施設が次々とオープンし、「商・住」が同居する交通至便な街として人気が急上昇した。今後もいくつかのタワーマンション建設が予定されており、街の膨張はもうしばらく続く予定だ。
「職・住・商」が揃うウォーターフロント「豊洲」
一方、武蔵小杉とともに、近年人気の街として脚光を集めたのが「豊洲」は、1923年の関東大震災の瓦礫処理で埋め立てられたエリアである。この埋立地が豊かな土地になるようにという思いが込められ、1937年に「豊洲」と名付けらえた。
このエリアは長く工業地として使われ、1980年代後半までは、石川島播磨重工業(現・IHI)などの工場や火力発電所、各種物流倉庫が立地し、周辺にはこれらの従業員向けの社宅や商店が点在していた。ちなみに、日本初のコンビニエンスストアともいわれるセブン-イレブン1号店は、1974年にこの地に誕生している。
転機となったのは、1988年の営団地下鉄(現・東京メトロ)有楽町線の「豊洲」駅開業。「有楽町」駅や「永田町」駅など都心へダイレクトにアクセスできるようになるのと同時に、産業構造の変化で工場群が移転。跡地では大規模な再開発が行われるようになった。
1992年、「豊洲センタービル」の完成を皮切りに区画整理が本格化し、大規模な高層オフィスビル、タワーマンションの建設がスタートする。2006年、石川島播磨重工業(現・IHI)の工場跡地に「アーバンドック ららぽーと豊洲」が誕生し、東京臨海新交通臨海線、通称ゆりかもめ「豊洲駅」が開業すると、再開発のスピードはさらに加速し、街の風景は一変した。
今後もいくつかのタワーマンション建設が予定されているが、注目されるのが、今年3月に竣工予定の「豊洲ベイサイドクロスタワー」。「豊洲」駅前の立地で、低層部は「アーバンドック ららぽーと豊洲」の増床として商業施設が入り、高層部ではホテルが開業する。
もう一つ、街の将来に影響を与えそうなのが、地下鉄8号線(東京メトロ有楽町線)の延伸計画である。「豊洲」駅から東京メトロ半蔵門線「住吉」駅を結ぶ、というもので、江東区の南北交通の利便性向上や、東京メトロ東西線の混雑緩和などが期待される。東京メトロは消極的といわれているだけに、実現に向けてのハードルは高いが、交通インフラの整備はエリアに大きなインパクトを与えるので、今後も注視していきたい。
単身者も取り込む武蔵小杉、ファミリー層に強い豊洲
元々は工業地だったが、工場の移転により再開発が進んだという、似たような歴史をもつ「武蔵小杉」と「豊洲」。では、二つの地域を不動産投資の観点から見ていこう。
まず地域の人口と世帯構成(図表1)だが、武蔵小杉周辺の1世帯あたりの人数は1.85人で賃貸世帯の割合は55.6%。一方、豊洲周辺の1世帯あたりの人数は2.26人で、賃貸世帯の割合は38.09%。武蔵小杉のほうが賃貸物件に住む単身者層が多く、豊洲のほうが持ち家のファミリー層が多いという現況が見えてくる。
以前の武蔵小杉は工業地と住宅地が混在するエリアだったため、いまでも賃貸物件は多い。都心へのアクセスの良さから、単身者にも人気の街となっている。一方、埋め立てによって生まれた豊洲は工業地が圧倒的に多く、住宅地はごく限られたエリアにしかなかった。再開発によって生まれたマンションは分譲が多く、自ずと持ち家のファミリー層が多い地域となっているのだ。
次に中古マンションの平均取引価格(図表2)と、その種類(図表3、4)を見ていこう。武蔵小杉の平均取引価格は4211万円に対し、豊洲は5408万円と、800万円近くの差がある。単身者向けの1K、1DK、1LDKの割合が、武蔵小杉は25%強なのに対し、豊洲は15%となっており、その差が価格差となって表れていると考えられる。またここからも、単身者もファミリー層も取り込む武蔵小杉と、ファミリー層に強い豊洲、という性格の違いが垣間見られる。
今後の不動産投資の可能性を、将来の人口増加の予測から見てみよう。黄色~橙で10%以上、緑~黄緑0~10%の人口増加率を表し、青系色で人口減少を表す将来人口推移のメッシュ分析(図表5、6)では、両地域とも安定的な人口増加が予測されている。特に都心から近い豊洲のほうが人口増加は顕著で、将来的にも地理的有利性は変わらないと考えられる。
洪水、高潮、地震…武蔵小杉や豊洲はどうなる?
武蔵小杉は単身者層もファミリー層も狙える地域、豊洲はファミリー層を狙う地域という違いはあるが、両地域とも将来的に人口増加が見込まれており、投資対象としても魅力的だといえるだろう。
しかし、気になるのが災害リスクである。
武蔵小杉で懸念されるのは、まず多摩川が氾濫した際の浸水被害。ハザードマップを見てみると、武蔵小杉周辺では0.5m~3.0m、一部の地域では~5mの浸水が想定されている。
豊洲で懸念されるのが、まず隅田川が氾濫した際の浸水被害だ。ハザードマップを見てみると、豊洲周辺には0.2~1mの浸水が想定される地域が点在する。もう一つ心配されるのが高潮による被害だ。東京都の想定によると、東京湾で高潮が発生した際、豊洲付近では最大3~5mの浸水を想定している。
また両地域とも、内水氾濫の心配もある。内水氾濫とは、市街地に大量の雨が降った際に、処理能力を超えてしまったために排水溝などから雨水があふれたり、川の水位が上昇して雨水を川に流せずに浸水したりするものである。昨年の台風19号では武蔵小杉がこの被害にあったが、都市部の低地であればどこで起きてもおかしくないと指摘されている。東京近郊で不動産投資を考えるのであれば、考慮しなければいけないリスクのひとつだ。
また今後心配される自然災害といえば、地震である。今後30年で70%の確率で首都直下地震が起きるとされているから、無視するわけにはいかないだろう。国立研究開発法人防災科学技術研究所の「J-SHIS地震ハザードステーション」で、両地域の表層地盤増幅率(地表面近くに堆積した地層の地震時の揺れの大きさを数値化したもの)を見てみよう。1.6以上は地盤が弱く揺れやすい、2.0以上は特に揺れやすいと評価されるが、武蔵小杉周辺は2.38、豊洲周辺は2.26と、両地域とも地震の際には「特に揺れやすい」という評価だった。
これは両地域の地盤が関係する。武蔵小杉周辺は細粒土の堆積物からなる後背湿地であり、豊洲は前述の通り埋立地である。どちらも地震の揺れに弱い軟弱な地盤である。このような地域の物件であれば、当然耐震化、免震化が進んでいるだろうし、再開発地域なら火災の延焼のリスクも低い。ただし地震の揺れには弱い地域である、ということは頭に入れておきたい。
武蔵小杉も、豊洲も、自然災害に強いとは言い難い地域であることは明白だ。これらの地域で投資を考えるのであれば、自身が災害リスクをどこまで許容できるか、しっかりと検討することから始めるのが正解だといえるだろう。