「相続案件」を抱えた税理士は何をするのか
「税理士」と聞いて、普段、どのような仕事をしているとイメージしますか?
おそらく、企業や個人事業主または不動産オーナーの会計処理の代行、税金対策のアドバイス、決算報告書や確定申告書を作成し税務署に提出、贈与税や相続税の申告書を作成し税務署に提出、税務調査が入った際の顧客の権利保護、などを想像される方がほとんどでしょう。机に向かっているか、顧客に会っているか、税務署と交渉しているか、といったところでしょうか。
ところが、相続税の申告依頼を受けた際の税理士は、皆さんが想像することとはかけ離れた動きをします。
相続財産に含まれる不動産、特に土地を把握するために現地へ赴き、接道している道路の幅員や土地の間口・奥行を測定し、場合によっては土地家屋調査士に測量を依頼します。
次は役所を訪問し、当該土地の前面道路が建築基準法上の道路か確認します。また、再建築する際にはどのような種類の建物が建築できるか、その建物の規模はどの程度か確認するなど、まるで設計士や建築業者のようなことも行います。
なぜそのようなことするのでしょうか? 理由は簡単で、「土地の評価」が、その後の相続税額を大きく左右するからです。特に、東京で土地を相続した方は、評価によって税額が1千万円単位で変わってくる可能性だってあるでしょう。評価額を少しでも下げるために、上記の動きは必要不可欠です。
会社員Aさんが相続した土地の「相続税評価額」は?
筆者が扱った相続税の申告で、特徴的なケースを紹介します。相続した自宅以外の土地が月極駐車場で、前面道路の路線価が34万円、面積は400㎡、路線価図だけを基に計算すると1億7,000万円の評価額でした。そのままの評価額でほかの相続財産を合わせた課税対象額から税額を算出すると、5,900万円となる規模です。
●相続不動産 400㎡の月極駐車場
●相続不動産の相続税評価額 1億7,000万円
●相続税額合計(暫定) 5,900万円(ほかの相続財産の課税対象額含む)
依頼者は会社員だったので、期限内に相続税を納付することが難しく、当初は延納申請をして年賦で納付する予定でした。まず期限内に申告し、その後に相続したこの土地を売却し、相続税の支払いに充てる計画です。売ろうとした月極駐車場は、間口が広い地型をしていたので、それなりの金額で売却できるだろうと目論んでいました。
依頼を受けたあとの初めのステップとして、まず現地の調査を行いました。当該土地の前面道路は途中から狭かったものの、建築基準法上の道路(いわゆる2項道路)と見受けられましたので、セットバックに要する部分の評価減をすれば、多少税額が下がる程度と考えていました(セットバックとは自分の土地を道路として提供することをいいます)。当該土地は平たんな場所にあり道路との高低差もなく地型も整形だったので、ほかの減額要因は見当たりませんでした。
2項道路というのは、簡単に説明すると「建築基準法第42条2項道路」といい、幅員が4m未満で再建築の際にセットバックを要する道路をいいます。当然この部分に建物は建築できないので評価額もセットバック部分は通常通りに評価した価額から70%を控除して評価を行います。
普段は、自分が通っている(または使っている)道が道路なのか、そうではない通路なのかを意識することはほとんどないでしょうが、相続する土地において再建築できる道路に接しているのか再建築できない通路に接しているかは、評価額に大きな違いが出ます。
現地調査を終えると次は役所です。都市計画法上の制限や道路の幅員・種別を確認するなどの調査に向かいましたが、そこでとんでもないことが発覚しました。なんと、当該土地は土地の間口に対して隣地との境界から4m弱までが2項道路で、残りの部分は建築基準法上の道路ではないということでした。さらに悪いことには、当該土地に建物を建築する場合は、延床面積などに制限が課せられるということが判明しました。これにより「売却して相続税を支払う原資に充てる」という依頼者の当初の目論見は狂ってしまいました。
通常では路線価が記載されている道路は公道という認識で間違いないと思いますが、建築基準法上の道路でない部分にも路線価が記載されていたのです。ごくまれですがこのようなケースもあるため、少しでも税金を減らすためには様々な可能性の考察や綿密な調査が必要です。今回のケースでは、土地の利用に制限があったことが判明したため評価額を6,000万円、納税額にして2,400万円下げることができました。
不動産に詳しくない、または相続税の申告経験の少ない税理士であれば、建物が建てられない土地」なのに「建てられる土地」として評価して税額を算出してしまい、結果的に高い相続税を払う羽目になった可能性があります。
地方自治体の役所は総務省の管轄であるため、財務省が管轄する税務署は土地利用の制限のことなど知りません。そのため、路線価をベースにした評価額を基に相続税の申告が処理されていたでしょう。税務署は課税対象額が減ることに対しては神経質になりますが、課税対象額が増えることに対しては無頓着です。払う必要のない相続税を納付する事態をすんでのところで回避することができました。
中山 慎吾
大平宏税理士事務所 税理士
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