年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。本記事では、父の介護に力を尽くす長女と、介護をしない兄弟の間で起きた相続トラブルについて、見ていきましょう。※本記事は、円満相続税理士法人の橘慶太税理士の語り下ろしによるものです。

介護が必要になった父を心配して、長女が実家に

高齢化が進行し、介護にまつわるトラブルが増えていますが、そこに相続まで絡むと大きな問題になります。今回、紹介するのは、そんな家族の話です。

 

その家族とは、父と4人の兄妹。父は以前、会社を経営し、それなりに成功をしていましたが、60歳を過ぎたころに引退。そのまま会社は解散してしまいました。「後継ぎとか考えると、ややこしくなるだろ。だから会社は一代でたたむと決めていたんだ」と父。10年前に妻とは死別し、いまは大きすぎるお屋敷で一人暮らしをしていました。

 

子どもたちは、どこにでもいる、仲のいい兄妹でした。しかし大人になってから少しずつ疎遠になり、母の葬儀のときに意見が対立。そのとき険悪な雰囲気になり、それが尾を引いている状態が続いていました。

 

そんな家族に変化があったのが、父が75歳を過ぎたころです。家の階段を踏み外し、骨折をしてしまったのです。一人では日常生活がままならなくなったので、結婚していなかった長女が実家に戻り、父の世話をするようになりました。

 

父も、骨折さえ完治すれば、娘の世話はいらないと考えていましたが、骨折の治りは遅く、そのまま介護が必要な状態になってしまったといいます。

 

「すまんなA子(=長女)。骨折が治ったら、生活は元通りになると思ったんだが、こんなことになるなんて……」

 

「いいのよ。親子水入らずの生活は楽しいわ」

 

父は歩行が困難なだけで、ほかは特に問題なく、最初は親子で楽しく暮らしていました。ただ、父をベッドから起こし、車いすに乗せるときや、入浴介助をするときなど、何かと力のいる介護は、女性である長女には負担でした。「こんなの平気よ」と長女は笑っていましたが、明らかに大変そうです。

 

そんな娘の姿を見て、父は決断をします。

 

「施設に入ろうかと考えている。一緒に見学に回ってくれないか?」

 

「えっ? 施設なんて入らなくてもいいじゃない」

 

「いや、今は足腰以外は元気だけど、そのうち、もっと大変になるぞ」

 

「大丈夫よ、そんなこと気にしないで」

 

「いや、私が気にするんだよ。近くの施設に入ることができたら、たまには遊びに来てくれよ」

 

こうして父は家からほど近い、介護施設に入居することになりました。長女は、そのまま実家に住み、毎日のように父に会いにいきました。

 

そんな長女のことを、快く思っていなかった人がいました。長男です。ある日、長男は自宅に、次男と三男を呼びつけました。

 

次男・三男「どうしたんだい、今日は?」

 

長男「父さんと、A子のことで話があるんだ」

 

次男・三男「A子!?」

 

長男「そうだ。この前、父さん、施設に入っただろう。もう介護する必要はなくなったわけだ。それにも関わらず、A子は実家に住み続けている」

 

次男「父さんのところに通うために、だろ」

 

長男「いや、あいつはこのまま、実家を乗っ取るつもりじゃないだろうか?」

 

三男「乗っ取りって……」

 

長男「介護は大変だろ。その見返りとして、実家をもらうのは当然だと考えていそうじゃないか? それに、いま父さんの貯金通帳は、誰が管理しているんだ?」

 

次男「それは父さん自身で……」

 

長男「いや、俺はA子が管理していると考えている。介護してきたのだから、当然の権利だと、あいつは考えているだろう。このままだと、いずれ相続なんて話になった時に、遺産のすべてをもっていかれるぞ」

 

次男・三男「それは困る!」

 

父の財布は、誰が握っている?
父の財布は、誰が握っている?

父のいる介護施設で繰り広げる、兄妹たちの大喧嘩

そして、次の週末。三兄弟は、父が入居する介護施設を訪れました。父の部屋に入ると、そこには長女もいました。

 

長女「あら、お兄さんたち。わざわざ来てくれたの?」

 

長男「ちょうどいい、みんな揃っているな」

 

長女「どうしたのよ、怖い顔して?」

 

長男「父さん、今のうちに、遺言を書いてほしいんだ」

 

長女「えっ!?」

 

次男「姉さん、父さんの財産、独り占めするつもりだろ」

 

長女「そんなことしないわよ!」

 

三男「いま父さんの通帳の管理とか、誰がやっているんだよ」

 

長女「それは私がしているわ。施設に金庫があるわけじゃないし」

 

長男「ほら。言ったとおりだろ。自分のお金みたいに、勝手に使い込んでいるんだよ」

 

長女「そんなこと、してないわよ! あそこ(=実家)で暮らしていても、生活費は自分の財布から出しているし」

 

長男「そんなこと、信じられるか」

 

父「やめないか、みっともない!」

 

父のひと声で、兄妹たちは静かになりました。

 

父「いい大人が、こんな所で兄妹喧嘩をするんじゃない。それに、遺言書は、すでに作ってある」

 

兄妹「えっ!?」

 

父「お前たち、それぞれの事情を考えて作った、きちんとした遺言書だ。だから心配するな。そんなことで喧嘩なんかされちゃ、いつまでもたっても死ねないだろ」

 

数年後、父が亡くなり、遺言書を開けるときがきました。晩年、色々と世話をしてくれた長女に遺産は多めに、3兄弟には平等に。そして残りは寄付をするように、という内容でした。

相続人以外でも、介護した人が報われる「特別の寄与」

相続トラブルで多いのが、「介護した側」と「介護しなかった側」の争いです。今回の事例では長女は主張することはありませんでしたが、「介護に尽力したのに決められた通りでは不公平だ」、という感情により、トラブルに発展するのです。

 

また、たとえば長男の嫁が義父の介護をするなど、相続人以外の親族が亡くなった方の介護に尽力したのに、相続が発生しても何も報われないという不公平感は問題になっていました。

 

この不公平を是正しようと、2019年7月1日に相続法は改正され、「特別の寄与」という制度が始まりました。それにより、「相続人以外の被相続人の親族が無償で被相続人の療養看護等を行った場合には、相続人に対して金銭の請求をすることができる」ようになったのです。元々、「寄与」は相続人にしか認められていませんでしたが、相続人以外にも対象が広がったのです。

 

「特別の寄与」のポイントは、大きく3つあります。まず「特別寄与者となれる」のは、亡くなった人の親族(6親等内の血族、3親等内の姻族)だけです。次に「権利行使期間」は、相続開始及び相続人を知った時から6ヵ月以内、かつ相続開始時から1年以内とされています。そして「特別寄与料の額」は、相続人が複数存在する場合、各自が法定相続分に応じて特別寄与料を負担するとされています。

 

さらに、相続人に認められてきた寄与の概念が、そのまま新制度にもスライドして適用されたと考えると、「特別の寄与は簡単には認められない」という懸念があります。

 

平成25年に東京家庭裁判所から出ている「寄与分の主張を検討する皆様へ」というパンフレットには、下記のような記述があります。

 

寄与分が認められるためには

 

②寄与分が認められるだけの要件を満たしていること

※要件とは、

「その寄与行為が被相続人にとって必要不可欠であったこと」、

「特別な貢献であること」

「被相続人から対価を得ていないこと」

「寄与行為が一定の期間あること」

「片手間ではなくかなりの負担を要していること」

「寄与行為と被相続人の財産の維持又は増加に因果関係があること」

などで、その要件の一つでも欠けると認めることが難しくなります。

 

③客観的な裏付け資料が提出されていること

寄与分の主張をするには、誰が見ても、もっともだと分かる資料を提出する必要があります。主張の裏付けとなる資料のないまま主張すると、解決を長引かせてしまうだけです。

 

平成25年12月3日 東京家庭裁判所家事第5部より

 

要件は非常に多く、さらに客観的な裏付け資料を提出する必要があります。介護であれば、帳簿や介護日誌の提出がないといけない、ということです。

 

さらにどれくらい寄与料として認められるかは、介護保険における介護報酬基準をもとに計算されます。筆者の知っている方では時給3,000円というケースがありました。そして実際に介護士などに頼らなかった分、つまり1人で負担した時間、労力だけを計算していきます。このように、想像以上に、請求できる金額は少ないのです。

 

 

【動画/筆者が「特別の寄与」を分かりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

 

 

 

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