偉才を輩出!北米ボーディングスクール「数学教育」の秘密 ハイレベルな数学教育を行う北米ボーディングスクール(The Lawrenceville School)

キャンパス内に寮を有し、学業だけでなく、共同生活を通じて社会性の育成までをサポートするボーディングスクール。多様性を重要視する富裕層が、我が子を通わせたいと注目しています。本記事では、SAPIX YOZEMI GROUPの海外事業開発部長・髙宮信乃氏が、その実情について解説します。

日米それぞれの教科書をめぐる悩み

本題に入る前に、まずは先頃発表されたOECD(経済協力開発機構)によるPISA(学習到達度調査)の結果を見てみましょう。今回、日本の読解力の国際順位が前回(2015年)の8位から15位に低下したことが話題になっていますが、数学的リテラシーと科学的リテラシーは引き続き世界トップレベルを維持しています。

 

数学的リテラシーでいえば、全参加79ヵ国・地域のうち37位の米国に対し、日本は6位。ボーディングスクールを含め米国の学校に進学する場合、日本人の数学力は大きなアドバンテージになります。しかし、4年に一度、顕著な業績を上げた若手の数学者に授与され、最も権威が高いとされるフィールズ賞は、国籍別受賞者数トップの米国13名に対し、日本人は3名だけです。高校生以下の生徒が参加する国際数学オリンピックでも、日本は米国に大きく水をあけられています。

 

数学の平均的なレベルは日本の高校生のほうが高いが、最上位層を伸ばすのは米国のほうが上なのでしょうか? 今回は、日米の教育を比較しつつ、ボーディングスクールの数学教育をご紹介します。

 

日本の学校教育、特に自然科学系科目は、基本事項の体系的把握を短時間で達成することが目標です。とりわけ数学では、定理や公式を導出することが優先され、教科書も抽象度が高い内容になっています。したがって、授業は新規に登場する概念の説明に始まり、例題解説、応用演習を繰り返せば理解は深まるはずとする「達成の予定調和」を期待したルーティンになりがちです。

 

さらに、定理や公式が登場してきた歴史的背景や、現実社会への適用例などを深く語った記述は教科書に掲載されていません。スト-リーが不在ですから、教科書はより読みにくくなっているのが現状です。

 

実は、日本でも1984年に三省堂が森毅氏、野崎昭弘氏等を中心としてトピックやストーリー性を重視した数学の教科書を発刊しましたが、高校でのシェアを取ることができず、絶版になった経緯があります。トピック主体の教科書が中学や高校の現場で扱われないことは、単調なルーティン教育のほうが、教え手の労力を軽減するからだと思われます。

 

視点を変えれば、教師と生徒の各々が持つ情報量の差が教室における授業を成立させているわけです。当然、生徒に与えられる教科書は薄く、教員だけが持てる教師用指導書(朱書版)は詳細で分厚いものになり、教師から生徒への一方通行の情報伝達を避けることはできません。

 

近年では、座学特有の単方向性への反省もあって、アクティブ・ラーニング(A.L.)が盛んに喧伝されていますが、中学・高校の現場では数学が最もA.L.に馴染まないとの声が教員から上がっています。

 

一方、アメリカの教科書は分厚いのですが、これは各州や各学区の独立性の強さが教育にも影響を与えているからだといわれています。何を教えたいのかが、州や学区によってまちまちなので、教科書会社が州境を超えて使える一冊を作ろうとすると、あれもこれも盛り込む羽目になってしまうことが大きな要因となっています。

 

ただ結果として、米国民の多くが“great”と認める内容を米国の教科書は持つことになりました。しかしながら、教室における双方向性を重視した結果として教科書が分厚くなったわけではないので、教員の授業スキルの優劣や扱う主題の選び方によって、教育効果に大きな差が生じていることが問題視されています。

 

最近は、教科書をタブレット化することでポータブルなものへと変換し、自学に役立てる試みが行われています。しかし、米国の教育関係者が、自国の教育を語るときの自虐的な決まり文句である“Mile Wide, Inch Deep”(幅広いが薄い)からの脱却は、AppleのiPadや、Googleが開発したChromebookを利用したからといっても容易ではないでしょう。日米ともに、公教育における教科書をめぐる問題は、このように悩み多きものなのです。

全米トップボーディングスクールの数学テキスト

さて、全米トップボーディングスクールとして名高いフィリップス・エクスター・アカデミー(Phillips Exeter Academy、以下、PEA)における数学のテキストは、上述した課題とは無縁です。その特徴を見ていきましょう。

 

ハークネステーブルを囲んで双方向性のある授業を展開するPhillips Exeter Academy
ハークネステーブルを囲んで双方向性のある授業を展開するPhillips Exeter Academy

 

第一に、問題中心主義ということが挙げられます。これは日本の塾・予備校のスタイルに通じるものがありますし、日本の進学校の多くで実施されているプリント授業も同様です。ただ、日本の場合、選ばれた問題がほとんど過去の大学入試問題であるのに対し、PEAのテキストに採用されている問題は、あくまで数学的トピックを意識したものです。

 

第二の特徴は、無作為配列であることです。解析、代数、幾何、確率等の縦割りの諸分野がランダムに登場するのです。日本の場合、進学校の高校3年次において受験を意識した既習内容の総復習に用いるのならば「あり」というテキストです。

 

しかし、PEAでは9年生(中3生)からこのスタイルが貫かれています。生徒の知力がある程度高ければという条件は付きますが、たとえ未習分野であっても、あらかじめ整理をしておくのではなく、整理させることそのものが教育であるというのは素晴らしい教育哲学ですし、「達成の予定調和」をそこに感じ取ることは全くありません。

 

日本ではともに「情報」と訳されてしまうことがあって、その差異が意識されにくい“information”と“intelligence”ですが、PEAでは生徒に一見雑然とした“information”(与件)としてテキストを与え、それを学ぶなかで“intelligence”(知性)を形成させる教授法を採用しています。堅固な学力を獲得させるには、「深層学習」にも通じるこの手法は理想的といえるでしょう。

 

題材は未整理な状態で提供されていますから、当然生徒からの質問は多くなるわけで、その質問に夜遅い時間まで対応できるのも、ボーディングスクールならではの利点です。ここには、確かな教育の双方向性が根付いています。

 

そして、第三の特徴として指摘できるのは、学ぶ範囲を限定しないということです。日本の教育現場は学習指導要領に縛られています。たとえ、最難関の東京大学であっても入試において指導要領外の出題は御法度です。ですから、「超」のつくような進学校でも、入試対策に効率性を求める以上、積極的に高校数学の範囲外を教室に持ち込むことはほとんどありません。

 

それに対しPEAで提供されるテキストは、大学教養課程で履修する解析学や、さらには数理情報系の専門課程で学ぶ離散数学に対応するものがあります。全生徒を対象としたものではないとはいえ、投票に関する問題などグラフ理論の素材としては十分に高校生にも関心があるものを選んでいるなど、工夫の跡が見られます。いずれにせよ、基本事項の体系的把握を短時間で達成することに目標をおいていない編集方針がうかがえます。

 

さらに、四番目の特徴として、テキストの内容に合教科型のトピックが多く含まれていることが挙げられます。これは、日本の数学の教科書にはほとんど登場しないものです。例えば、「砂漠地帯における無風・晴天の状態で、48時間の気温推移をグラフ化せよ」などという問題では、地学的な知識を要求されますし、物理的・化学的なテーマと関連する題材はもちろんのこと、グラフ理論に関する問題のなかには、全米50州がどの州と隣接しているのかという地理的知識が前提となっているものもあります。

 

そしてここが最も重要な点ですが、五番目の特徴は、オリジナルな教科書であることでしょう。PEAの教師陣が、合議制でテキストを作成しているのです。教場でどう伝えるのかをイメージしながら作成されたテキストと、教科書会社のあてがいぶちのテキストでは、双方向性と単方向性といった自明な相違点だけではなく、改訂速度の違いは決定的です。採用してみたけれど、あまり効果的ではなかったとされる題材があれば、翌年の改訂版で差し替えればよいわけです。

 

また、上位概念をダウングレードして理解させることを試みていることも目を引きます。歴史的難問とされた「四色問題」を抽象的なレベルではなく、具体的な(全米50州の塗り分け)レベルに落として訊ねたりする問題にも、オリジナルであることのよさを感じます。

 

抽象的な学問であるがゆえに、教え手の側の力量がより問われる宿命を「数学教育」は背負っています。PEAを代表とするアメリカのトップボーディングスクールの強みの一つは、優秀な教師を多く抱えていることだと指摘できます。

 

“Mile Wide, Mile Deep” この困難なミッションに挑む覚悟がPEAの教科書には読み取れます。フィールズ賞を受賞したデヴィッド・マンフォード、ロイド・シャープレーやウイリアム・スタインといったノーベル賞学者をはじめ、フェイスブックの創設者であるマーク・ザッカーバーグ、ジョン・アーヴィングやダン・ブラウンといった作家に至るまで、様々な偉才を輩出した学舎で、ハイレベルな数学教育が行われていることは特筆に値します。

 

 

SAPIX YOZEMI GROUP 海外事業開発部長

Triple Alpha 副会長

髙宮 信乃

 

SAPIX YOZEMI GROUP 経営管理室 海外事業開発部長
学校法人髙宮学園 代々木ゼミナール評議員 

幼少期をパキスタン、香港、インドネシア、米国、スーダン(現・スーダン共和国、通称北スーダン)、オーストラリアで過ごし、1999年米ニューヨーク大学卒業後、MBAを取得。
アーサーアンダーセン税務事務所、リーマンブラザーズ証券会社を経て、2011年からSAPIX YOZEMI GROUPの幼児教室事業に従事し、2014年に海外進学部門のY-SAPIX Global Campus(YGC)を立ち上げ、ゼネラルマネージャーを務めるほか、株式会社ベストティーチャー副社長、Triple Alpha, Inc.副会長などを兼務。3児の母。

著者紹介

連載SAPIX YOZEMI GROUPの海外事業開発部長が解説!世界の富裕層が我が子を通わせる「北米ボーディングスクール」の魅力

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