争いが絶えないことから「争族」と揶揄される「相続トラブル」。当事者にならないために、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、二人兄弟のうち弟に有利な相続分割案が原因で起きた相続トラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

子供に恵まれない兄夫婦…徐々に遠のく親戚づきあい

相続トラブルは、相続額の多い富裕層に限ったことではありません。相続額が少ないほうが相続対策がされておらず、トラブルになりやすいと言われています。今回は、そんな家族の話です。

 

地方で会社経営をしていたAさん。数年前に会社をたたみ、夫婦で年金暮らしをしていました。そんなAさんには、ひとつ、悩みがありました。Aさんの二人の息子のことです。

 

息子たちが小さかったころ、仲の良い兄弟と近所でも評判でした。兄が野球を始めれば弟も野球を始め、兄がバンドを始めたら弟もギターを習い始めるなど、兄弟はいつも一緒でした。

 

近所でも評判の仲の良い兄弟だった
近所でも評判の仲の良い兄弟だった

 

子供たちは二人とも、大学進学を機に上京。それでも家族仲は良いままで、お盆とお正月には家族旅行に出かけるのが恒例でした。その後、30歳を前に兄が結婚。その1年後には弟も結婚。家族が増えて、周囲がうらやむような理想の家庭……。しかし孫が誕生して、その関係に変化が生まれました。

 

先に子供が生まれたのは、次男夫婦でした。待望の初孫に、Aさん夫婦も大喜び。家族が集まると、その中心にはカワイイ孫がいました。一方で、複雑な気持ちを抱いていたのが、兄夫婦。なかなか子供ができず、人知れず、不妊治療を行っていたのです。

 

「早く、この子に従兄弟ができるといいな」

 

両親であるAさん夫婦から何気なく発せられる言葉が、プレッシャーのように兄夫婦を襲いました。そして「今年のお盆は仕事で帰られなくなった」「風邪が治らず、お正月は帰省できない」などといって、兄夫婦は、段々と、両親や弟夫婦と距離を置くようになったのです。

 

それから5年後、兄夫婦にも念願の子供が生まれました。しかし、そのころには両親や弟夫婦との交流はカタチだけに。Aさん夫婦にとって長男夫婦の子供は念願でしたが、無事生まれたという報告を受けただけで、「産後の肥立ちが悪くて」「子供が風邪をひいて」などと、なかなか孫と会う機会を得られませんでした。

 

そんなある日、兄弟のもとに相続が発生しました。Aさんが亡くなったのです。貯金はほとんど残っておらず、遺産は実家とマンション1戸だけ。法要をひと通り済ませたあと、遺産分割の話し合いの場がもたれました。

 

実家は、母がそのまま住み続けることでなんなく決着。しかし残るマンションをどうするかで、意見がわかれました。

 

「私が残せるのは、マンションくらいしかない。私が死んだら、これを売却して、家族でわけてほしい。ただ何かと良くしてくれる弟に、少しでも多く分けてくれ」

 

生前のAさんは、事あるごとにこのように言っていました。このことは、Aさんの妻だけでなく、多くの親戚も聞いていました。

 

「遺言は残っていないけど、お父さんはマンションを売ったら、C(=弟)に多く遺産を残したいと言っていたの。体が悪くなってから色々と面倒を見てくれたから、その恩を遺産で返したいと考えていたのね。ねえB(=兄)、マンションが売れたら、Cに半分、残りを私とBで分けるというのはどうかしら」

 

母からの提案に、兄は首を横に振りました。

 

「そんなの不公平だよ。到底、俺は納得できない」

 

「でもお父さんの遺志もあるし……」と母。

 

「どうしたら、納得できるんだよ、兄貴は?」

 

「普通、母さんが1/2で、俺達は1/4ずつだろ。それでないと俺は納得できない」

 

「なんだよ兄貴! 最近は全然顔を見せなかったくせに。子供が生まれたのに、実家にも帰ってこないし、親父が具合悪くなってからも一度も見舞いに来なかったくせに。なのに、金がもらえるってなったら、本性、丸出しか!」

 

弟は溜まりに溜まった兄への不満をぶつけました。それに対し、兄は特に反論もせず、ただ静かに聞いていました。そして「もういいよ。とにかく俺は不公平な遺産分割なら、応じるつもりはないから」と言って帰ってしまいました。

 

それから何を言っても遺産分割協議に応じない兄に業を煮やし、弟は弁護士を通して話し合いをすることにしました。そこで兄夫婦が不妊治療で苦しんでいたこと、そのことを知らずにプレッシャーをかけていた両親、それに対して兄夫婦は精神的に追い詰められていたこと……兄夫婦が、両親や弟夫婦と距離をおいた理由が明らかになったのです。

 

自分たちが不妊治療で苦しい思いをしていたころ、初孫に浮かれたいた両親。兄夫婦は、その姿に嫌悪感を覚えたといいます。もちろん、自分たちの状況を説明していなかったことに原因はあります。しかし子供になかなか恵まれない自分たちを否定されている気がしたと、語りました。だからこそ、遺産分割で弟と差がつくのがどうしても許せないというのです。

 

「なぜ初めから言ってくれなかったんだろう」と母と弟。遺産分割は、まだ決着していません。

弁護士か税理士か…相続の相談は誰にすべきか?

決して多くはない遺産。しかし、相続対策がされていなかったために、事例ではトラブルに発展しました。

 

現在、遺言書を残しているのは10人に1人と言われています。「遺言書は必ずなくちゃいけない!」というものではありません。しかし「遺言書があって本当によかった」というシチュエーションはたくさんあるのも事実です。特に家族仲がよくない場合は遺言書があった方が絶対にいいです。

 

遺言書がある/ない関わらず、近い親族に初めて不幸があった場合、多くの人がその後何をしたらいいのか、わからなくなります。まず先に相談するべき専門家は一体誰にするべきでしょうか?

 

世の中には様々な専門家がいます。弁護士、司法書士、行政書士、税理士…。また銀行や生命保険の担当者にも相談することができるかもしれません。常日頃からお付き合いのある信頼できる専門家に相談していただくのがベストですが、必ずしもその専門家が相続に詳しいとは限りません。

 

まず法律系の資格をまとめると、次のようになります。

 

弁護士:すべての業務ができるオールマイティな資格です。相続争いが発生している場合には、弁護士の専門領域になります。

 

司法書士:登記を得意にしている資格です。各種名義変更手続きの代行をお願いするには、おすすめです。

 

行政書士:許認可手続きを得意にしている資格です。不動産がなく、車がある場合などには名義変更手続きをお願いするのもよいかと思います。

 

[図表1]法律系士業、それぞれの役割

 

弁護士は法律系の資格ではオールマイティに何でもできる資格ですが、デメリットがあります。弁護士は、利益相反(りえきそうはん)の要素がある案件は、両者から仕事の依頼を受けることができません。たとえば、相続人が長男と長女の子ども2人であった場合に、「公平な立場で、遺産分割をまとめてほしい」という依頼は、原則、受けることができないのです。つまりどちらかの肩しか持てないのです。

 

そのことから、弁護士に「遺産分割をまとめてほしい」と依頼した場合には、当然、その弁護士は、依頼者の利益が最大化されるように動くことになります。そうすると必然的に、相手方も別の弁護士に依頼をするわけです。そして両者とも弁護士に依頼をして、お互いの利益が最大化するように争うことになります。「そこまで仲が悪いわけじゃないけど、納得できない部分がある」くらいの段階では、弁護士を入れてまで争うことはありません。

 

次に税理士です。税理士は税金の専門家です。現在、日本全国に77,000人ほどいます。税理士になるための試験は合格率2.4%なので、なかなか狭き門です。

 

しかし税理士試験のなかで、相続税は選択科目です。そのため、相続税のことを一切勉強したことがなくても、税理士の資格を獲得することは可能です。相続税に強い税理士と、相続税に詳しくない税理士とでは、雲泥の差があります。医者に専門があるように、税理士にも専門があるのです。

 

相続の相談を誰にすべきか、まとめると下記のようになります。専門家選びは多くの情報を取り入れて、慎重に判断しましょう。

 

・相続税がかかる人は、相続税に強い税理士

・相続税がかからず、かつ、揉めていない人は、相続手続きに強い司法書士

・相続争いで揉めている人は、相続争いに強い弁護士

 

[図表2]相続手続の流れと相談相手

 

【動画/筆者が「相続後の手続き」を分かりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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