お姉ちゃんには秘密…両親と次女だけが知る生前贈与
相続トラブルは、起こりやすいパターンがあります。そのひとつが、「不公平かつ不平等な生前贈与」です。今回は、そんな家族の話です。
Aさんは、大学入学時に上京。そのまま東京にある企業に就職し、入社3年目のころには大学時代からお付き合いをしていた男性と結婚し、幸せな毎日を過ごしていました。
Aさんには3つ上に姉のBさんがいました。姉も東京の大学に進学、そのまま就職をしたものの、転職を機に、地元にUターンしていました。
親戚が集まると「Aも結婚したし、そろそろBも結婚かな」というのがお決まりの会話。それに対してBは「結婚には興味はないわ」と言って、話を終わらせるのがパターンとなっていました。
時は流れ、Aさんが30歳のときに待望の第一子が誕生。念願の初孫ということで、Aさんの両親は大喜び。毎月、片道2時間をかけて孫の顔を見に行くのが習慣になっていました。
そんなある日、Aさん父から、こんな申し出が。
「お前、家を買うんだろう?」
「そうなの、このマンションじゃ、家族3人暮らしはちょっと狭いし。あとこの子がバタバタと遊んでいると、ご近所の迷惑になっていないかしらとヒヤヒヤで。戸建てなら、そんな心配もしなくていいかなって」
「でも東京で家を買うなんて……結構、高いんじゃないか」
「大丈夫よ。うちはダブルインカムだから。35年ローンだし」
「それでだなA、家を買うお金、ちょっと援助させてくれないか」
「えっ?」
父からの突然の申し出にビックリするAさん。
「そうだな、半額くらいは援助できると思う」
「そんなの悪いわよ。私達だって、いい大人なんだし」
「初孫が住む家だしな。離れて暮らしているから、それくらいしかしてやれないし。これは、生前贈与ってやつだ。私に何かあったときにお前が手にするお金を生きている間に渡すだけだ」
「……そう? 無理をしていないならいいんだけど」
「無理なんてあるもんか。意外と資産運用がうまくいってな。贈与したほうが、得だっていうこともあるんだよ。ただひとつ、約束してほしいことがあるんだ」
「約束って?」
「お姉ちゃんには、内緒にしてほしいんだ」
「えっ、なんで?」
「あいつは結婚する気、ないだろう。地元では良い企業に勤めているから、経済的になんら心配はない。東京で暮らすAたちのほうが、お金はかかるし、孫もいるし。ただ相続で差をつけると、あとで揉めるかもしれないだろう。だから贈与という形で、お前らに多く残したんだよ」
「そんなの、お姉ちゃんに悪いわよ」
「いや、いいんだよ。万が一、Bが結婚して、子供が生まれるようなことがあったら、同じようにするから、お前は心配するな。ただ贈与は、私と母さんと、お前だけの秘密だ」
「……わかったわ」
こうして、Aさんは住宅購入を機に、3,000万円の生前贈与を受けることにしました。その後、Aさんには第二子が誕生。すると「家族が増えると、お金が色々とかかるから」と、父から贈与の話が。その後も何かと理由をつけて、Aさんへの贈与は続きました。
一方、「結婚には興味はない」と言っていたBさんも、40歳を目前にして結婚。しかし「年齢的にも、子供を作るのはちょっとリスクがあるし、夫婦で子供は作らないって決めているから」とBさん。そんな姉を見て、Aさんは父に聞きました。
「ねえお父さん。私みたいにお姉ちゃんには贈与はしていないの?」
「ああ。でもふたりだけの暮らしで、生活には余裕があるからな。大丈夫だ。お前が心配することではないよ」
姉に内緒の贈与……。少々引け目を感じながらも、「いまさら言うのも、おかしな話だし」と、Aさんは父との約束を守り続けていました。
そんなある日。父が亡くなりました。そして遺言どおり、遺産は母が1/2の3,000万円、AさんとBさんが1/4の1,500万円ずつを相続することになりました。
父が亡くなった2年後の夏、母のもとに一本の電話がありました。税務調査の連絡でした。そして正月以来、母とAさん、Bさんの3人が実家に集まりました。
税務調査は粛々と進んでいきました。しかし、そのさなか、事件が起きたのです。それは調査官のあるひと言でした。
「奥さん。旦那さんは娘さんに結構な額を生前贈与されていますね」
そのひと言に、3人が一斉に振り向きました。
「はい、何か問題でもありましたか?」と母。
「いえ。単なる確認です」と調査官。
その後も、粛々と調査は進んでいきましたが、3人は明らかにぎこちない雰囲気に。そしてその日の夕方に税務調査は終了。「結果は後日、ご連絡します」と調査官は帰っていきました。
まる1日がかりの税務調査。張り詰めた空気が一瞬ゆるんだなか、Bさんが母とAさんに問いかけました。
「調査官が、生前贈与って言っていたけど、あれって何?」
一瞬で、緊張感が戻ってきました。
「あ、あれは……」と言葉に詰まるAさん。観念をしたように、母が話し出しました。
「Aが東京に家を買ったでしょ。あと子供が2人いて、何かとお金がかかるからって。私たちにできるのは、お金の援助だけだから、Aに生前贈与をしていたのよ」
「そうなの。別にいいけど、私には、子供がいないわけだし」
「別に隠そうとしていたわけではないのよ」
「いいって、言っているじゃない。その贈与っていくらくらい?」
「家を買うときに3,000万円。あと教育資金にって500万円くらい……」とAさんは素直に言いました。
「いいわね、あなたは。いつもお父さんお母さんにかわいがられて」
「あたなに子供が生まれたら、同じように贈与をって考えていのよ」と母。そのとき、Bさんが声を張り上げて言いました。
「いいって言っているじゃない! 私には秘密にしたかったんでしょ! 今さらバレたからって、取り付くようなこと、言わないでよ!」
Bさんは、そう言い残すと、実家を出ていきました。それから、母とAさんは、Bさんとほとんど会話がなくなったといいます。あのあと、Bさんは病気で子供が産めない体になっていたこと、心配させまいと家族には内緒にしていたことがわかりました。
「そんなこと知らずに、お姉ちゃんは大丈夫だって言っていたのね、私たち……」と母とAさんは後悔するしかありませんでした。昔通りとはいきませんが、3人が話すようになったのは、随分と時間が経ってからだといいます。
相続税申告の8件に1件で行われる「税務調査」
秘密の生前贈与がバレる、というトラブルは結構あります。タイミングは様々ですが、その一つが税務調査。税務調査官は忖度してくれません。事例のように、サラリと生前贈与について聞いてきます。
相続税の税務調査は、相続税申告の約8件に1件の割合で行われ、一度、税務調査が行われると、82%の人が追徴課税になっています。税務調査で追徴課税になった場合には、本来の税金にプラスして、5%~40%の罰金がつきます。さらに年利2.7%の利息もかかります。
相続税の税務調査は、亡くなってから2年後の夏に行われることが多く、具体的にいうと、7月の上旬に、税務調査の依頼の電話がきます。大抵の場合「相続人全員と税理士先生に、1日予定をあけてほしいのですが、来週あたりどうですか?」という無茶ぶりをされます。当事者全員の予定を一日合わせるのは大変です。日程調整をしていくと、なんだかんだと、7月の下旬や8月の頭に調査が開始されるケースが多いです。
調査は、午前の10時から午後の16時まで行われます。午前中は亡くなった方やその家族の生い立ちや経歴、趣味や性格など、税金には関係なさそうなことが永遠と聞かれます。一見、関係なさそうなのですが、たとえば、亡くなった人の趣味を聞くのは、ゴルフ会員権、リゾート会員権、書家骨董品、美術品などの申告漏れがないかのチェックです。
その他にも、関係なさそうですが、重要な質問は次の質問です。
「ご主人様がお亡くなりになる直前の状況を詳しく教えていただけますか?」
「うちの主人は、何年も前から癌と戦ってきて、最期は……うぅぅ」と感極まって涙する方もいますが、税務署の人達の関心は、その人が亡くなる直前、その人の通帳を誰が管理していたか、ということです。
急に亡くなったのであれば、その人の通帳は、ずっとその人が管理していた可能性が高いと推測できます。一方で、何カ月も意識がなかったり、自分では身動きがとれない状態が続いていたりすれば、その人の通帳はその人以外の人が管理していたと推測できます。
筆者は職業柄、多くの人の亡くなる直前の預金通帳を見ます。そうすると、不思議なことに、亡くなる直前に現金で200万~300万円を引き出している通帳をよく見ます。
これは葬儀代に必要だからです。人が亡くなってしまうと、その人の銀行口座は凍結されてしまうのです。
亡くなる直前に引き出すこと自体は問題ではありません。ただ、相続税の申告をするうえでは、亡くなる直前に引き出したお金も、亡くなった時には手元に残っていたはずなので、そのお金=手元現金も申告しないといけません。
亡くなる直前に現金を引き出した人が明らかになれば、あとはその現金の行方を聞くだけです。「葬儀のために200万円引き出しましたよ」ということは、逆に言えば、亡くなった瞬間にはその200万円は残っていたことになるのです。
税務調査で調べられるのは、過去10年分の預金通帳です。調査官はその道のプロ中のプロなので、初めから相続税をどうにかしようとは考えないことです。
また調査官はこちらの事情など考慮せず、質問してきます。事例のように、内緒にしてきた生前贈与についても聞いてくるでしょうから、該当するなら、気をつけるべきポイントです。
【動画/筆者が「税務調査の肝」を分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人