「自分が亡くなった後に決めればいい」は無責任
自分が死んだ後のことを考えるのが非常に面倒に思えて、自分が死んだら相続人たちが、適当に分ければいいと考えている人は少なくありません。しかしながら、最近の平等意識や権利意識が強くなってきた分だけ、生前に被相続人である親が子どもにどのように財産を分けていくかを伝えておく必要があると私は思います。
仮に自分の財産に相続税が課税されるのであれば、後は適当にやってくれでは、あまりにも無責任だと思います。しかし、子どものほうから親の相続財産について、話を切り出すことは非常に難しいものです。
こんな事例があります。以前、駅の近くに土地を複数持っている先祖代々から続いている地主の潮田雄二さん(仮名/65歳)という方がいました。潮田さんには麻衣という娘さんと、真司という息子さんがいました。麻衣さんはすでに結婚して、子どももいます。
麻衣さんが子どもの頃から聞いていたことは、潮田さんのご両親の相続は兄弟間で相当揉めたうえに、相続財産を分けるため、いくつかの土地を手放しただけでなく、多額の相続税を支払うため退職金のほとんどを使ったという話でした。
親子代々、長い付き合いのある税理士に依頼したのですが、税理士は相続の経験がほとんどありませんでした。そのため、相続に対して何のアドバイスももらえず、申告しかしてくれなかったのです。
相続を担当した税理士は、案件数の少ない相続税が得意な税理士ではなく、需要が大きく、案件数が多い確定申告や、法人税の申告を担当していた税理士だったのです。苦手なことや知らないことには手を出さないタイプで、相続の相談をしても放って置かれてしまったのかもしれません。
この話を聞いた麻衣さんは、自分の相続のときにも揉めるのではないかと心配をしており、早くから潮田さんに相続対策を依頼していました。潮田さんは昔気質の人。しかも、相続で大変苦労をしたため、その話をすると「お前は心配しなくていい」の一点張り。相続税が課税されたらどうするのかと潮田さんに伝えても、「そのときは、土地を売ればいい」と言うだけ。相続の話をするたびに喧嘩になってしまうので、半ば諦めていました。
麻衣さんも潮田さんが所有している財産を全て把握しているわけではありません。潮田さんが動かなければ、相続対策を取ることができません。最近、やっとテレビや雑誌の情報で相続が話題になっているのを見聞きし、相続対策を考えることは大切なことだと自覚した潮田さん。麻衣さんから、孫のために相続対策をしてほしいと言われ、ようやく重い腰をあげたそうです。
潮田さんは自分で所有している資産を調べて、評価を概算で出し、その財産一覧表を持って、専門家に相談することにしたそうです。麻衣さんが父親を説得できたときには、相続の話をしようと決めてから約3年の月日が経っていました。もし3年の間に相続が発生していたら、きっと大変なことになっていたと思います。
相続対策は早ければ早いほど、さまざまな選択肢を選ぶことができます。しかし、いったん、相続が発生してしまえば取れる対策は限られてきます。相続について親子で話し合うのは大切なことなのですが、親としては、子どもから相続の話を振られるとちょっと嫌な気分になってしまうのも分からなくはありません。ですから、自分から相続の話をして、所有している資産の調査については、親が中心になって進めていくことをお勧めします。
遺言書を「家族へのラブレター」と考える
相続を実現させるためには、相続人と相続財産を調べるだけでは完全とはいえません。誰にどの財産をどのように分けるのかということを意思表示するために遺言書は必ず必要になります。
そして、遺言書の法律上の効力を発生させるものとして民法の規定に則った遺言書を書く必要があると考えています。しかしながら、「遺言書を書きましょう」と皆さんにお勧めしても、実際に書くまでにはなかなか時間がかかるようです。これは一つには、遺言書を遺書と勘違いする人がいるからです。
遺言書を遺書と勘違いして、死を連想させるものだから縁起でもないと考えているのでしょう。もちろん、遺言書は遺書ではありません。そして、遺言書は自分のために書くものではなく、末長く家族同士が仲良く暮らしていけるように自分の思いを伝えるための家族へのラブレターなのです。
年末年始など家族で集まったときに、「今年は遺言書を書くぞ!」と宣言をしてみるのも面白いかもしれません。今まであまり帰ってこなかった子どもたちが頻繁に実家に帰ってくるようになるかもしれません。子どもが優しくなることもあるかもしれません。
遺言書を書くと宣言したことで子どもたちが、実家に来るという動機は不純かもしれませんが、親としては孫に会えるのも嬉しいですし、相続について皆で一緒に考えることができるのです。