本記事では、医療法人南労会紀和病院理事長・佐藤雅司氏が、時間に追われる働き方一辺倒に陥っている医師たちの現状を俯瞰し、問題の解決策を提案します。今回は、医師の「過労・多忙」と医療事故の因果関係等について取り上げます。※本連載は『地方勤務医という選択』(幻冬舎MC)から一部を抜粋し、改編したものです。

医師の勤務時間が「医療の安全性」と密接につながる

医療において最も重視されるのは安全です。医療事故は絶対にあってはならない出来事であり、発生を避けるために医療の現場では、慎重のうえに慎重を重ねて治療が行われています。もちろん医師だけではありません。看護師等スタッフ全員が事故のリスクを抑えるため、日々懸命の努力を重ねています。

 

にもかかわらず、医療事故は発生します。日本医療安全調査機構が行った調査によると、「病院内の調査が必要な患者の予期せぬ死亡」は1日1件程度の頻度で報告されているといいます。死亡に至らないケースや報告されないケースも考えられるので、国内では1日に何十件となく医療事故が発生していることになります。

 

疾病の見落としや薬剤の取り違え・含量の誤認など、医療現場で起こり得るミスは無限に考えられます。通常はチェックする仕組みが何重にも設けてあるため、医師がミスをしてもヒヤリ・ハットですみますが、中にはチェックにかからず大きな事故につながるケースもあります。

 

特に、医師が心身ともに疲弊した状態で、多くの患者を診療しなければならない病院では、そういった事故が起こりがちです。アメリカでは医師の勤務時間が医療の安全性と密接につながるという調査報告が複数発表されています。勤務時間が長い医師や労働環境が厳しい医師ほど、重大な医療事故を引き起こす割合や誤診の割合が多いことが、研究によって判明しているのです。

 

国内においても、日本外科医学会が外科の医師を対象に行ったアンケート調査において、「医療事故は何が原因と考えるか(複数回答可)」という問いに対し、最も多かった答えは「過労・多忙」(81.3%)でした。現場で働く医師も、自身が感じている忙しさや疲労が事故を招きかねないものであると強く危惧しているのです。

 

過労を危惧している医師は多い
過労を危惧している医師は多い

「患者と医師の関係」は時間と手間をかけるべきだが…

近年、患者から寄せられる苦情の中で大きな割合を占めるのが「医師が話を聞いてくれない」というものです。電子カルテが普及して以来、問診の際にパソコンの画面ばかりを見る医師が増えました。

 

大半の診療科においては本来、診療の中心は問診です。患者と向き合いしっかり話を聞かなければ、誤診や疾患の見逃しなどさまざまな弊害が生じます。また、患者がどんな暮らし方を希望するのかを知らなければ、医師は適切な治療方針を選べません。

 

検査結果やそれに基づく診断、考えられる治療のやり方、予後についてなど、医師の側から伝えるべきことも多々あります。そういった情報のやり取りを適切に行うには、信頼関係が必須ですが、人と人との関係は時間と手間をかけなければ築けません。

 

特に近年は高齢患者が増えているので、お互いの話を理解し、信頼しあえる仲になるためにはこれまでにも増して時間が必要です。場合によっては、患者だけでなく家族も交えて話をし、情報や考え方を共有することでこそ、患者はもちろん家族にとっても、適切と思える治療を選べるようになるのです。

 

ところが、時間に追われている医師には患者や家族と向き合うための時間的な余裕がありません。業務の中で何かを削らないと、やらなければならない最小限の業務をこなせなくなってしまうので、仕方なく患者や家族と話す時間を省いてしまいがちです。診療時にも、主訴を電子カルテに打ち込むことのみに労力を割き、患者から話を引き出す努力を怠ってしまいます。

 

疾病や障害を抱え、不安にさいなまれている患者は医師の姿勢には敏感です。話を聞く気がないと察知すれば、心を閉ざしてしまいます。異常な忙しさに端を発する医師と患者のそんな関係は、双方にとって非常に不幸なものであるといえます。

 

 

佐藤 雅司

医療法人南労会紀和病院

理事長

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