争いが絶えないことから「争族」と揶揄される「相続トラブル」。当事者にならないために、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、父が残した遺言書がきっかけとなり兄妹間で起きた事例を、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

父の後を継いだ長男。さらに父の介護が加わり……

ある地方都市で会社を経営しているAさん。起業して仕事が軌道に乗ってきたときに結婚し、2男1女をもうけました。長男は大学卒業後にAさんの会社に入社、次男と長女は、東京の大学を卒業後、そのまま東京の企業に就職しました。

 

Aさんが70歳に近づいていたころ、社長を承継することを考えるようになりました。長男は入社して15年。いまは専務として活躍してくれています。「会社を任せるならB(=長男)かな」。そう考えて、長男に会社の承継の話をしたところ、一度兄妹全員を集めてほしいとお願いされました。

 

ある休日。父の呼びかけで、久しぶりに家族一同が集まりました。そして父から、社長の引退、そして会社を長男に任せようと考えてあることが告げられました。続いて長男がいいましした。

 

「せっかく父さんが大きくしてきた会社だから、俺もがんばっていこうと思う。それで、まくまでも相談なんだが、ふたりが戻ってこれるなら、戻ってきて会社を手伝ってほしいんだ」

 

突然の兄からの申し出に、次男も長女も目を丸くして驚きました。そしてしばらく考えた後、次男がいいました。

 

「兄さん、頼りにしてくれてありがたいんだけど、やっぱりそれは難しいよ。親族だからって、いきなり経営陣づらするような人間が現われたら、特に古くから働いてくれている従業員のみなさんは、おもしろくないと思うんだよね」

 

「そうね。わたしもそう思う。それに、私たちにはそれぞれ家族も仕事もあるわけだし。C(=次男)だって、今の会社でそれなりのポジションにいるって聞いたわ」と長女。

 

「そうだね。D(=長女)のところも、来年、受験もあるだろう。色々と忙しくなるだろう」と次男。

 

「ごめんごめん。もしできたらと思って聞いただけだから、気にしないでくれ」と長男がふたりに謝ると、「こっち(=地元)には戻ってこれないけど、何かできることがあったら、兄さんのこと、サポートするから」と次男。

 

Aさんの長男への事業承継は、特に問題なく進んでいきました。そして長男の社長業も板についてきたころ、Aさんは怪我が原因で寝たきりに。そのころにはAさんの妻は亡くなっていたので、長男と長男の妻が訪問介護のサービスを利用しながら介護を行うことに。

 

社長業と介護の両立は大変でしたが、慣れ親しんだ実家で過ごしてほしいという思いから、自宅での介護にこだわりました。そして5年後。Aさんは病気で息を引き取りました。

 

葬儀が無事終わり、Aさんの残した遺言書を兄弟で確認すると、そこには衝撃的な内容が書かれていました。

 

全財産を長男に――。

 

「父さんの遺志だから……」と、次男も長女もその場では納得したつもりでした。しかし自宅に戻った次男、どうしても心のモヤモヤが消えることはありません。兄妹間で多少の差があっても、それは仕方がない。でも財産のすべてを兄さんにというのは、あまりに不公平すぎる――。その後、長女とも相談し、ふたりで遺留分を請求することにしたのです。

 

すると、長男から電話がありました。

 

「お前、父さんの遺志を冒涜するつもりか!」と、長男はすごい勢いでまくしたてます。

 

「確かに、一度はそう思ったよ。でも財産のすべてを兄さんにというのは、不公平じゃないか」と次男も応戦します。しかし長男は、次男の勢いをさらに上をいくように怒鳴りたてました。

 

「お前らな、会社を手伝ってほしいと俺が頭を下げたとき、なんて言った?『できることがあったらサポートする』と言ったよな。なのに、父さんに介護が必要になった時、実家から遠いと言って、盆と正月くらいしか帰って来なかったよな。俺と嫁さんが、どれほど大変な思いをしたか、わかっているのか!」

 

「……それは、仕方がないだろ。俺は俺の事情があるんだよ」と次男は言い返したものの、確かに長男が社長業に加えて父の介護でも大変なことはわかっていました。しかし、会社を継ぎ、実家を守るのは長男の役目、という意識がどこかにあり、特に手伝うことはありませんでした。長女も同じような状況でした。

 

「だから、父さんに頼んで、すべて財産を俺に残すように遺言書を残してもらったんだよ。自業自得なんだよ」

 

長男に強く言われ、次男はそれ以上反論することはできませんでした。遺留分の請求も、取り下げることにしたのでした。

相続人には最低限は相続できるように保障されている

遺留分は一言でいうと、「残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」のことをいいます。

 

ここでのポイントは、あくまで遺留分は権利であるということです。もし、遺言書に「あなたに遺産はまったくあげません」と書かれていたとしても、当の本人が「それでも構わないですよ」ということであれば、問題ありません。あくまで権利なので、権利を行使するかどうかは本人の自由です。「遺留分までの遺産は返せ!」と主張すれば、遺産を受けた人は、そう主張する人たちに遺産を返さなければいけないことになります。

 

では、遺留分は実際にどれくらいの金額が保障されているの解説していきます。配偶者と子供2人いる場合を考えていきましょう。まず下記は法定相続分。この割合は、遺産の分け方の目安として法律で定めているもので、「この通り分けなくてはいけませんよ」という割合ではありません。

 

[図表1]配偶者と子供が2人いる場合の法定相続分はコチラの通り
[図表1]配偶者と子供が2人いる場合の法定相続分はコチラの通り

 

では遺留分はどのくらいかという、ずばり法定相続分の半分です。つまり、こちらの奥様は4分の1、子供達はそれぞれ8分の1ずつということになります。

 

[図表2]配偶者と子供が2人の場合のそれぞれの遺留分
[図表2]配偶者と子供が2人の場合のそれぞれの遺留分

 

相続が発生し、遺言書の中身を見てみたら、「私、4分の1もない!」「俺たち、8分の1もない!」(この状態のことを遺留分が侵害されているといいます)ということになれば、その金額に達するまでの遺産を取り返すことができるというわけです。

 

実際にこのようなケースが発生した場合には、間に弁護士を入れることが一般的です。そしてその弁護士が話をまとめながら、遺留分に達するまでの遺産の受け渡しなどを行います(この手続きを、遺留分の減殺請求といいます)。

 

また、この遺留分という最低保障されている権利には、有効期限が存在します。遺留分が侵害されていることを知った日から1年です。1年を過ぎてしまうと有効期限を過ぎてしまうため、遺留分の減殺請求ができなくなってしまうので、早めに手続きをするようにしましょう。

 

遺留分という考え方は遺言書を作った時にしかでてきません。争いを防ぐために遺言書を作るのですが、残念なことに、遺留分を侵害している遺言書を作ってしまえば、それが原因で争いに発展します。

 

ただ今回は、次男と長女をたしなめる長男による確信犯的な事例ではありました。

 

 

 

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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