兄が実家を、貯金は弟が相続することにしたが…
遺産の分け方には、法律で決められたルールがあり、そのルールは非常にシンプルです。遺言書がある場合には、遺言書の通りに遺産を分け、遺言書がない場合には、法定相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産の分け方を決めていきます。
相続人全員が同意すれば、遺産分割協議書にサインして一件落着となりますが、その後に、トラブルに発展するケースが多いのです。今回は、そのような話です。
Aさんは、2人兄弟の次男。就職を機に地元を離れ暮らしています。定期的に転勤があり、また結婚し子供もいるので、頻繁に実家に帰ることはなく、帰省するのは盆か正月くらいでした。
一方兄は地元の企業に就職し、その後、その後結婚。比較的実家にも近いところに家を建て暮らしていました。母を早くに亡くしたので、実家には高齢の父が一人。しかし兄が近くに家を建てたということで、Aさんは安心をしていました。
そんな二人に、相続が発生しました。父が亡くなったのです。四十九日法要が終わった後、Aさんは兄から遺産分割について話しておきたいと呼び止められました。
「父さんの相続のことで話をしておきたいんだ」
「父さんに、遺産なんて呼べるもの、あるのかい?」
「万が一のことがあるだろうからと、父さんから聞いていたんだ。銀行口座がいくつかあって、合わせると1,500万円くらいあった。そしてあとは実家だ」
「結構、父さんお金を貯めていたんだな」
「それで遺産の分け方なんだが、実家は俺が、貯金はお前にというのはどうだろう。地元から遠くに住むお前が、こんなところに不動産を持っていても、色々と面倒だろう。あと実家がどれくらいで売れるか調べてみたんだよ。そしたら、だいたい土地と家と合わせて2000万円くらいだって。500万円くらいの差はあるんだが……」
「その分け方で、いいよ。家を売るのだって色々と面倒だろう。地元から遠い俺には、売却の手続きも億劫だし。兄貴さえよければ、実家は兄貴で、貯金は俺ということでいいよ」
「本当かい?」
「むしろ、貯金だったらすぐに使えるけど、不動産だと売れるかどうかも分からないし、面倒だし。いいのかい、兄貴」
「いや、こういうのは面倒くさくないのが一番いいんだよ」
このように、Aさんの父の遺産分割協議は特に揉めることなく終わりました……。しかし問題はその後だったのです。
遺産分割協議が終わって数週間後、Aさんは同じ地元の友人と飲みに行く機会があったのです。久々の再会に話は盛り上がるなか、自然とAさんの父が亡くなったこと、そして相続の話になったのです。
「お父さんが亡くなったら、実家はどうするんだい?」
「実家は兄貴が継ぐことになったよ。俺が持っていても面倒だからな」
「そうか。いま売ったら、結構な額になると思うぞ」
「そうなのかい?」
「地元で大きな再開発があったじゃない。あれで土地の値段が随分とあがったんだよ。1年くらい前に両親二人暮らしにしては広すぎるからって実家も売ったんだよ。そしたら、あの街で5,000万円にもなったって。すごい喜んでいたよ」
「そんなに高く売れたの⁉」
「そうだよ。1年前の話だからな。今だったら、もう少し高く売れるんじゃない?」
(兄貴は売るんだったら2,000万円って言っていたぞ。安すぎないか)
友人と別れた後、Aさんはすぐに兄に電話をしました。
「どうしたんだ、こんな夜に?」
「兄貴、実家を売るんだったら2000万円くらいだっていったよな」
「あぁ、そうだよ」
「それ安すぎるよ。さっきまで地元の友達と飲んでいたんだけど、そいつの実家、1年前に売ったら5,000万円になったって。あいつのうち、俺らの実家に比べて不便なところにあるんだ。それでも5,000万円だ。しかも1年前だ。絶対、2,000万円なんて安すぎるよ」
「……お前の友達の家が高く売れたからって、うちも高く売れるとは限らないだろ」
「いや、それにしてもさ。もし2,000万円というのが嘘で、実はもっと高かったら、相続税がかかったりするんじゃないのか。そうしたらバレるんだから、本当のこと、言ってくれよ!」
「……実は、8,000万円って」
「8,000万円!? それはサバ読みしすぎだろ! いくら俺では不動産の売却が面倒だからっていっても、それじゃあ不公平すぎるよ」
「でも、もう同意しちゃっているしな……」
「そんなの無効だよ! やり直しだよ!」
「基礎控除額」を超えた分に「相続税」はかかる
相続税は、一定の金額以上の財産を残して亡くなった人にだけかかる税金です。そして、この一定の金額のことを基礎控除といいます。
相続税を計算する際は、まず初めに遺産の時価を集計していきます。遺産の時価については、ざっくりいうと「換金したらいくらになるか?」と考えてください。
時価の合計額が算定できたら、図のように合計額に一本の線を引きます。この線はなにかというと、これこそが基礎控除の金額です。
遺産の時価の合計額のうち、基礎控除までの金額には相続税はかかりません。基礎控除を超えた部分に相続税がかかります。遺産がすべて基礎控除に収まる人については、相続税は一切かからないということになります。
基礎控除の金額は次の計算式で計算します。
3000万円+(相続人の人数×600万円)
事例でいうと、3000万円+(2人×600万円)=4200万円が基礎控除額となります。
不動産の場合、実際に売買契約が成立する金額があります。これが時価になります。さらに不動産には、相続税を計算するときの時価である「相続税評価額」と、固定資産税を計算するときの時価である「固定資産税評価額」があります。
このなかで一番高いのは、実際の時価です。二番目に高いのは相続税評価額、最も低くなるのは、固定資産税評価額です。そして実際の時価が100だとすると、相続税評価額は80、固定資産税評価額は70になります。
このように考えると、事例の場合、「実家を売却したら2,000万円程度」という兄の言うことが本当であれば、相続税はかかりません。しかし仮にAさんの友人の実家と同じくらいの時価だとしたら、遺産の時価の合計は基礎控除額を上回り、相続税が課税される可能性が高いです。
今回の事例のように、遺産額をごまかしたり、遺産を隠したりするケースは多く、相続トラブルが多いパターンの一つです。
遺産分割協議後に、遺産額の偽りがあったことが判明した場合、再度、遺産分割協議を行うこと可能ですが、ハードルは高いです。
このようなトラブルを防ぐために、自身でもどれくらいの遺産額になるか、調べるのいいでしょう。不動産であれば、自身で路線価を調べることもできますし、不動産がある市区町村役場で固定資産課税台帳を開示してもらうこともできます。
橘慶太
円満相続税理士法人