どんな職業であれ「誰がやっても同じ仕事」などない
本連載では繰り返し「自分にしかできない専門的な仕事を見つけよ」と言ってきましたが、本来なら、「誰がやっても同じ仕事」などありません。どんな仕事にも、コンピューターには置き換えられない段取りのしかたや笑顔、思いやり、気配り、癒しといった「自分にしかできない」領域があるからです。
たとえば、私は先日、キヨスクで飲み物を買いました。冷蔵庫から取り出したとき、飲み物がまだ冷えていないことに気がつきましたが、「まあ、いいか」とレジに持って行ったところ、店員さんが「あ、冷えてるのがあるので交換しますね」と気をきかせてくれたのです。ささいなことですが、その日1日、気分よくすごすことができましたし、「今度もあの店で買おう」という気分になりました。
専門性や得意分野を伸ばすのも重要ですが、感じのよさや丁寧で確実な仕事ぶりなどで、自分自身の価値を高めていくこともできるのです。営業職であれば、クライアントに専門性を提供するのはもちろんのこと、信頼関係を築いて替えのきかない存在になっているかが大事です。
人と思いやりある関係が築ける人間力は、もちろん稼ぐ力につながります。いくら腕がいい弁護士でも、著しく思いやりに欠けていれば、「お願いしてよかった」とクライアントから支持されることはなく、仕事仲間からも好かれず仕事が広がっていきません。
仕事には、こうした自分のパーソナリティ、なかんずく誠実さが大切であることを、子どもには伝えていきたいところです。
最近、陽明学者・教育学者として知られる安岡正篤(やすおか まさひろ)の講演録を聴いているのですが、やはりそこでも「人間力や教養こそ、勉強が必要である」ということが語られていました。
人間力は生まれつきのものではありません。親から教わり、いかにいい人間と出会うかが重要なのです。
要するに、親自身に人間力があれば、子どもはおのずと魅力的な人間になります。子どもにあれこれ言う前に、わが身を振り返りましょう。私自身が心がけ、子どもにも教えて(見せて)いたのは、
●夫婦仲よく
●悪口を言わない
●相手が嫌がることはしない
●相手が触れられたくない話題には触れない
●約束を守る
といった当たり前のことばかりです。
しかし、こういった人間関係の基礎力は、親しか教えられません。教えるといっても、特別に難しいことをする必要はありません。自分の生活実感に根差した言葉や行動で示してあげるほうが、子どものなかに深く刻まれます。
あるとき妻が子どもたちに、「美味しいものをもらったら、ひとりで食べないでみんなで分けよう。みんなで食べると量は少ないけど美味しくなる」と話していたのを聞いて驚きました。同じことが、評論家・山本七平の本のなかに書かれていたからです。私は商人の家で育ったため、そんなことは思ったこともありませんでした(笑)が、なるほどと思わされました。
親はふだんの暮らしのなかで、自分自身が大切にしたい生活哲学を、もっともっと子どもに伝えていきましょう。子どもを子ども扱いせず、親の正直で真面目な言葉や行動が、子どもの精神力を磨き上げることにつながります。たとえそのときに子どもが聞いていないそぶりを見せたとしても、繰り返し伝え、態度で示せば、必ず心のどこかに残るはずです。
地方でも都心でも、「本拠地」をどこにするかを決める
小学校の同窓会にときどき参加します。卒業して50年以上経ちますが、地元の愛知県で生活している面々は、当時と変わらぬ暮らしをしています。
お祭りがあるごとに集まり、付き合う友だちも小学生のころから変わりません。大半の人が親の土地を譲り受けており、地元の企業に勤めていたり、役所で働いている公務員だったりするので、食うに困ることがないのです。刺激は少ないですが、穏やかで安定した暮らしが営めます。
それに対し、私が本拠地としている東京は、仕事のスケールが大きく、複雑に入り組んだ案件を手がけることが多いぶん、成功すれば一気にジャンプアップできます。専門性を軸足にして、多ジャンルに広げていくという意味でも、東京はチャンスが多い。ただし、競争も激しく、常に全力で走って成長し続けていないと、食べていくのが難しい場所です。
刺激的な仕事ができる一方で、よほどの財産家でない限り、いったん立ち止まってしまえば、すぐさま生活が行き詰まってしまうリスクをはらんでいるのです。
世界に出れば、また様子が違ってきます。アメリカにおける成功者は、息をつく暇もなくハードに働いて、45歳ぐらいで億万長者になって引退するというのがひとつの成功モデルです。フェイスブックの女性COOが書いた『LEAN IN(リーン・イン)女性、仕事、リーダーへの意欲』のなかには、朝の着替えの時間を節約するために、子どもに洋服を着せたまま寝かせるというエピソードが書かれているほどです。経済成長率の高い香港やシンガポールも、プライベートそっちのけで猛烈に働きます。
ヨーロッパでは、組織のトップでも、週4日はオフィスで働き、残り1日は在宅で働く、といった自由な働き方をしている会社も多く、休暇も3週間〜8週間たっぷり取ります。地方、東京、世界各国と拠点が変われば、視野の広さや求められる能力、稼ぎも違ってきます。仕事のやりがいやライフスタイルも大きく変わってくるでしょう。
自分の子どもが「どの場所に向いているか」一度考えてみるとよいと思います。私は東京を本拠地にすることを選びましたが、地域のコミュニティのなかで自分の生活を楽しんだほうが合っていると思えば、地元(生まれ育った街)を拠点にしていく道もありますし、より厳しい世界に身を置いてほしいと願うなら、世界に打って出るという北極星を描く道もあります。
描く地図が大きければ大きいほど、選べる道の数は増えていきます。どの道を選ぶにせよ、選択肢が多いほうが、自分に最適なものを選びとることができ、稼ぐ力を最大限に発揮できるのではないでしょうか。
◆note work◆
まず、親自身がどこを仕事の拠点にしているのか自己分析してみてください。次に、わが子に向いている場所を考えてみてください。「地元でずっとやっていくタイプなのかな、どこにいてもマイペースだから場所に左右されないだろうな」といった、自由な分析を書いてみましょう。
林 總
公認会計士林總事務所 公認会計士/明治大学特任教授