インターネットや書籍で得た知識によって、自身の健康管理をする人が増え、誤った知識を覚えてしまう例が散見されています。しかし、情報に翻弄されているのは、何も患者さんだけではありません。本記事では、公益財団法人仙台市医療センター仙台オープン病院で薬剤師として勤務する橋本貴尚氏が、情報化社会における医療従事者と患者さんの関わり合いについて考察していきます。

事例1:情報を語る患者さん、耳を傾ける薬剤師

多職種が集う仙台市民向け健康フェアに、薬剤師として参加したときのことです。筆者は薬剤師会ブースの健康相談員として、希望する市民に対し、お薬のことを中心に様々な話を聞く担当となりました。

 

するとまず先輩薬剤師から、「こういう健康イベントに、統合失調症の方などがよくいらっしゃいます。ブースで何十分もお話をされていきますので、そうなるとすべての順番がずれてしまいます」といわれました。

 

はじめ、相談に来たのは高齢者ばかりでした。世間話に始まり、お薬のことや健康上の不安のことなど色々なお話をしていきました。

 

すると20~30代くらいの男性が、筆者の隣にいた薬剤師の前に座りました。その後、10分以上は話していたでしょうか。断片的に聞こえてきたのは、「私は、○○の添加物は一切摂らないようにしているんです」、「睡眠薬というのは……」、「私、OTC薬は信用できないんです」といった内容です。対応した薬剤師は笑顔を崩さず、辛抱強く耳を傾けていました。男性は最後に、「お薬とは関係ない話をしてたくさんの時間を取ってしまってすみませんでした。ありがとうございました」といって帰っていきました。

 

対応した薬剤師は、「こういう場でしか色々話せないんだろうね。ひたすら耳を傾けるのみです」と話していました。「先輩薬剤師のいったことは本当だったんだ!」と驚いたと同時に、たくさんの思いを自分のなかに抱え込むしかない患者さんに思いを馳せた経験でした。

事例2:「服薬拒否」に至った胃がんの女性患者

S-1(抗がん剤)の内服が外来で開始になった、胃がんの高齢女性です。調剤薬局から疑義照会※がありました。「患者さん、本当は3日前からS-1開始予定だったのですが、具合が悪くて今日まで薬局に来られませんでした。どのように対応しますか?」とのことでした。

 

※疑義照会・・・処方箋をもとに薬剤師が調剤を行うにあたり、処方箋の記載に疑問点・不明点を感じた際、処方箋の作成者に対して内容の確認を行うこと

 

S-1というお薬は服用期間と休薬期間が決まっています。次回の外来日は休薬期間明けの日に決まっていましたので、「飲み終わりは当初の予定どおりにしますので、3日分飲み残す方針でお願いします」と回答しました。
 

その後、患者さん自身から電話が来て、薬剤師が対応しました。「S-1内服前から皮疹があった。皮疹が治っていないのに飲んでいいのか?」という内容でした。薬剤師は電子カルテの診療録を確認した上で「主治医は皮疹のことは把握していますので、内服して構いません。ただ、もしひどくなるようでしたらご連絡ください」と返答しました。すると患者さんは「不安なので、次の外来までS-1は飲みません」といって電話を切りました。

 

主治医に報告したところ、この連絡の前日に直接電話が来ていたそうです。主治医としても説明に難渋していた様子で、「飲まないって本人がいうなら仕方ない。次の外来でまた考えます」という話で終わりました。

 

結果的に、患者さんの不安が解消されず、服薬拒否に至ってしまった事例でした。我々薬剤師の「ひどくなったら連絡するように」では、患者さんの不安をあおるばかりで、全然相談になっていなかったな、と非常に反省しました。

事例3:「情報がない!」と嘆く医療従事者

最期に、2019年2月に第2回薬理ゲノミクスセミナー(共催:日本臨床薬理学会・浜松医科大学臨床研究管理センター、浜松)に参加したときの経験です。

 

セミナー参加の動機は、2018年12月にペムブロリズマブ(キイトルーダ®)が「がん化学療法後に増悪した進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する固形癌」に対して適応の承認を取得したことにありました。

 

製薬企業主催の勉強会に参加し、そのときに「我々のような一般病院はどのように対応すればよいか」と質問したところ、企業側は「うちらとしても情報を集めているところでして……」などと要領を得ない返答に終始し、結局わからずじまいでした。筆者は、「この適応を取得したことで、我々のような一般病院でも遺伝子に関する倫理的配慮の体制が必要になってくるのでは」と考えていましたが、情報があまりにもないことに焦りを感じました。

 

 

セミナーには医師や看護師、薬剤師が主に参加していました。セミナーで学んだことはもちろん参考になったのですが、それ以上に、会場を包む雰囲気とフロアからの質問が大変印象的でした。参加者は「情報がない!」と切実な思いでセミナーに参加している印象でした。最後の質疑応答で、とある一般病院に勤務する呼吸器内科医から「NCCオンコパネル※といったって、たくさんの遺伝情報を提示されても、どれをどう患者さんに説明すればいいのかわからない。一般病院に勤める我々はどう対応すればよいのか?」という、悲鳴にも似た質問が出ました。本当にそのとおりだと感じています。

 

※NCCオンコパネル・・・国立がん研究センターが開発した国産がんゲノムプロファイリング検査

 

がんゲノム医療中核拠点病院に指定されている病院(厚生労働省:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin.html、閲覧日:2019年9月21日)には、認定遺伝カウンセラーがおり、有料ですが相談が受けられます。がんゲノム医療連携病院は、拠点病院と連携を取るよう決められていますので、ある程度の相談体制の質は担保できるでしょう。

 

では、拠点病院でも連携病院でもない病院に勤務する我々はどうすればいいのでしょうか? きっと、患者さんはニュースなどで情報を得て相談に来るでしょう。現在、状況はほとんど進展していません。「暗たんたる思い」が偽らざる心境です。

情報過多の時代に「医療従事者」が取るべき態度とは?

3つの事例をまとめます。薬物治療を取り巻く情報は複雑多様化し、医療従事者はしばしば翻弄されます。さらに、患者さんはインターネットや書籍で必死になって情報を探します。

 

重要なのは、病気の治療は「患者さんの生活」そのものであるということです。疾患は慢性化し、病気の治療には、医療従事者だけでなく家族や友人などの近しい人達も併走します。仕事や趣味もこれまでどおり続けたいでしょう。そうなると、「納得して薬物治療を受ける」という思いに至るまでには、複雑な経過をたどります。

 

しかしながら、(言い訳がましいかもしれませんが)色んな業務を実施しながらの中途半端な説明では、患者さんに納得してもらうには不十分です。また、忙しさから配慮を欠いた発言をし、知らないうちに不安を助長させてしまうこともあるでしょう。

 

ただ、医師にとって、病状説明の時間が膨大な時間外業務の一因となっている現状があります。薬剤師も、薬局で待つ患者さんのプレッシャーを常に受けていますので(「早くしろ!」と怒り出す方もいます)、十分な説明の時間を取れません。だから事例1のように、患者さんは健康フェアといった気楽な場でしっかりお話ししたいんだろうなと感じています。

 

理想は、すべての病院・医療機関に専門のカウンセラーを配置することです。専門的なカウンセリング技術で患者さんとその近しい人により添って欲しいと切に願っています。そうすることで、医師は治療に、薬剤師は処方鑑査と薬物治療のフォローに専念でき、患者さんもその恩恵を享受できます。

 

最後に、今の日本は、「がんゲノム医療」や、「先駆け審査指定制度(医療ニーズが高い医薬品を優先的に審査する制度)」、「公知申請(日本では適応外だが海外では頻用されている適応について、書類審査のみで承認する制度)」、「医薬品副作用被害救済制度」などと制度ばかりが先行している印象です。実際、各制度の存在すら知らない医療従事者はたくさんいます。こうした状況を放置し続けていれば、そのツケを最終的に払うのは患者さんである、ということを忘れてはいけません。どうすればよいか、みんなで一緒に考えてみませんか。

 

橋本 貴尚

公益財団法人仙台市医療センター仙台オープン病院薬剤部 薬剤師

 

本連載は、医療ガバナンス学会のメールマガジンを転載したものです。記載されているデータおよび各種制度の情報はいずれも執筆時点のものであり、今後変更される可能性があります。あらかじめご了承ください。

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