争いが絶えないことから「争族」と揶揄される「相続トラブル」。当事者にならないために、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、事実婚カップルに起きた相続トラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

長年連れ添った夫が、突然認知症を発症したら…

認知症や交通事故、精神障害などにより、本人の判断能力が低下してしまうと、非常に多くの問題が発生します。今回は、そんな危機的な状況に陥った、あるカップルのお話です。

 

「いつも夫婦で仲いいですね」

 

ご近所の奥様に声をかけられて、「いえいえ」と返すAさん。毎日の日課である犬の散歩は、Bさんとふたりで行くのがお約束で、また近所の奥様と井戸端会議に花を咲かせるのも定番でした。話し込むAさんと近所の奥様の様子を、Bさんはいつも優しそうな表情を浮かべて見ています。

 

愛犬の散歩はいつもふたり
愛犬の散歩はいつもふたり

 

AさんとBさんには子供はいません。会社を経営していたBさんは、事業をそれなりに成功させ、いまではセミリタイヤ状態。閑静な高級住宅地に自宅を構え、ふたりで悠々自適な暮らしをしていました。

 

そんな二人には、ご近所も知らない秘密がありました。

 

ある日、二人の自宅を尋ねる一人の青年がいました。チャイムが鳴り、インターホン越しにAさんが出ると、ぶっきら棒な雰囲気で「なんだあんたか」と話す青年がいました。

 

「……何しにいらっしゃったのですか?」

 

「別に、父親の顔を見に来ただけど。いる?」

 

「いまはあいにく出かけていて……」

 

「そうか、あんたには用ないんで。じゃ」

 

そう青年は言うと帰ってきました。夕方、Bさんは帰宅。Aさんは青年が来たことを伝えました。

 

「また金でもせびりに来たんだろう。悪かったね、嫌な思いをさせて」

 

「いえ、そんなことはないわ。嫌われていて当然だし、わたし」

 

ご近所も知らない秘密。Bさんには前妻の間に子供がいたのです。前妻とは、子供が生まれしばらくしてから別居。よくある性格の不一致で、子供が生まれてからは、ますます喧嘩が絶えなくなり、Bさんが家を出ました。

 

はっきり言って、結婚生活は破綻していました。別居生活が1年ほど経ったころには、離婚協議がスタート。そんなときに、Aさんと出会い、しばらくして交際に発展しました。このことを察した前妻は、「不倫だ!」と騒ぎ立てました。そして十分すぎるくらいの慰謝料と、子供が20歳になるまでの養育費を払うことを条件に、離婚は成立しました。

 

さらにふたりには、もう1つ、秘密がありました。それは、二人は夫婦ではないのです。離婚協議中に、Bさんが「もう結婚なんてこりごり……」と愚痴を言っていたことを、Aさんは鮮明に覚えていました。

 

「別にカタチにこだわる必要なんて、ないわ」

 

そう思って、Bさんの離婚が成立しても、ふたりは籍を入れませんでした。Bさんの発したひと言から、Aさんのほうが及び腰になっていたのです。しかしふたりは籍を入れなくても、深い愛情で結ばれていることは、近所の評判を聞いても明らかでした。

 

それからしばらくしたころ、AさんはBさんとの会話のなかで、違和感を覚えました。その違和感は日に日に大きくなっていったのです。

 

「ねえ、近いうちに病院に行ってみよう」とAさん。

 

「えっ、なんで?」

 

「気づいていないかもしれないけど、最近のあなた、ちょっと変よ。物忘れがヒドイし……」

 

「俺が、認知症とでも?」

 

「念のためだから。ね、お願い」

 

Aさんは、何とか説得して、Bさんを病院に連れてきました。そして診断がくだされたのです。

 

――若年性アルツハイマー型認知症

 

ふたりは絶句するしかありませんでした。そしてBさんはある不安を口にしたのです。

 

「どうしよう、僕らは夫婦じゃない」

 

「……どういうこと?」

 

「戸籍上は他人だから、僕に何かあった時は、財産を君には残せない。遺産は、あいつ(前妻との子ども)と僕の兄弟で分けることになる」

 

――あなたが先に亡くなったら、私は無一文ということ?

 

なんでこうなる前に、もしもの時のことを考えて、行動しておかなかったのだろう。二人は悔やむしかありませんでした。

「認知症」と診断されても「遺言書」は作れる

厚生労働省のデータによると、65歳以上の28%はすでに認知症であるかその疑いがあるといいます。これからの日本では相続対策よりも、認知症対策のほうが緊急度は高いといえるかもしれません。

 

増加する認知症有病率
増加する認知症有病率

 

事例の場合、ふたりに婚姻関係があれば、Aさんも法定相続人になれるので、無一文という状況は回避できます。結婚をするという選択肢もあるでしょう。

 

あとは遺言を残す、という手もあります。遺言書には、大きく分けると2種類あります。作るのに手間とお金がかかりますが、法的な効力が強い、公正証書遺言(こうせいしょうしょゆいごん)という遺言。誰でも簡単に無料で作れますが、法的な効力が弱い、自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)という遺言です。

 

遺産の分け方は「遺言書があればそれに従う、遺言書がなければ遺産分割協議(話し合い)で決める」が基本的なルールです。また遺言書があれば、法定相続人ではない人に遺産を分けることができます。

 

遺言書を残すには、遺言能力、すなわち判断能力が必要です。そのため、認知症と診断されると判断能力がないとされ、遺言書が無効になってしまいます。

 

しかし、認知症を患ったとしても、特に初期段階では判断能力がないとはいいきれませんし、進行してからも常に判断能力が低い状態であるとは限りません。2名の医師から判断能力があるという診断書をもらい、公証人に提出すれば、公正証書遺言の作成が可能になることがあります。

 

また、公正証書遺言を作成する際には、証人が二人必要です。「遺言を書く人の相続人」「相続人の配偶者や直系血族」は証人にはなれません。証人が集められない場合には、公証役場で証人になる方を紹介してもらうことも可能です。

 

認知症と診断されても、遺言を残す手はあるのです。

 

 

【動画/筆者が「遺言書の基本」をわかりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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