クリニックの形態によってM&Aのスキームも変わる
M&A成功に欠かせないふたつめのポイントは、クリニックM&Aの承継パターンを知ることです。承継するクリニックの形態によってM&Aのスキームが違ってくるため、準備の仕方や考え方、引き継ぎ方も異なってくるのです。
一般的なパターン分類としては、次の4つがあります。
①個人開業のままで承継
②旧法の医療法人のままで承継
③新法の医療法人で承継
④個人開業を医療法人に組織変更してから承継
筆者の事務所ではこれまで多くのクリニックの事業承継を手がけてきましたが、事例の9割以上は①②のいずれかです。
③が少ない理由は、現在日本にある医療法人の9割が旧法の医療法人だからです。新しい医療法人制度がスタートしたのは平成19年4月のことで、それ以降にできた新法の医療法人はまだ開設から10年も経過していません。経営者も若いことが多いので、クリニックを承継する時期にまで至っていないのです。ただ、この先は新法の医療法人の開業医たちも高齢に差し掛かってくるので、③のパターンは増えていくでしょう。
④は少し特殊なパターンとなり、親子承継でよく用いられます。④は、M&Aを行うときに個人開業より医療法人のほうが良いと判断されたときに行われます。
相続に関しては「新法」の医療法人が税金的に有利
国としては旧法の医療法人から新法の医療法人への組織変更を勧めていますが、現実問題として医師の間では旧法の医療法人の人気は高く、なかなか移行が進んでいないのが現状です。
なぜ旧法の医療法人が好まれるかというと、財産権があるためです。具体的に説明すると、旧法の医療法人の場合は、出資持ち分があり一般企業の株式と同じような扱いで退社時に法人の残余財産に対して、出資比率に従い分配を受けることができます。
例えば、20年前に院長が500万円を出資して医療法人を始めたとします。その後、徐々に利益がプールされていき、20年後には蓄積された利益が4500万円になっているとします。ここで医療法人を解散すると、旧法の医療法人の場合は、院長に5000万円が払い戻しされます。
一方、新法の医療法人の場合は、同様に500万円拠出して解散時に蓄積利益が4500万円あったとしても、当初の500万円しか払い戻しされません。残りの4500万円に関しては、国などに寄付することになります。
自分たちが頑張って働いて貯めたお金を受け取ることができないのは納得行かないということで、新法の医療法人に抵抗を感じる医師が多いのです。
ただ、新法の医療法人の場合でも、解散する前に蓄積した利益を退職金で受け取るなどの方法で財産を失わないようにすることができますので、一概に新法の医療法人は損だというわけでは決してありません。むしろ相続を考えると、新法の医療法人のほうが税金的に有利な面もあります。
先ほどの例で、旧法の医療法人の場合、院長の持ち分評価5000万円は相続財産になってしまいますが、新法の医療法人の場合、評価されるのは原則として拠出額の500万円なので相続税に大きな差が出ます。医療法人を解散せず、親子で承継していけるのであれば、新法の医療法人に財産を残したまま相続することが、ひとつの相続税対策になります。