中小企業経営者の仕事は「人を辞めさせないこと」
では、どうすれば社員のパフォーマンスを上げ、人口減少にも負けない強い企業体質に導けるのか。それは、今いる社員一人ひとりの個性や能力を認め、一人ひとりのペースでやりがいを持って生き生きと働き続けてもらうことです。そしてできる限り会社に残ってもらうこと、つまり「辞めさせないこと」が大切です。
そんなことは言われなくても分かっていると思われるかもしれませんが、その当たり前のことができていないために人が足りなくなり、社員を育てるのがさらに難しくなっていくのです。
そもそも社員が辞めなければ人手が足りなくなることはありません。にもかかわらず、人手不足に陥っている会社ほど離職率が高いのです。人材難の会社では長時間労働などが常態化しやすく、負担に感じた社員が辞めてしまうからです。するとさらに人が不足し、労働環境がもっと悪くなり、ますます人が足りなくなるという悪循環に陥っていきます。
人が減るから労働環境が悪化するのか、労働環境が悪化するから人が減るのか。そんなニワトリが先か卵が先かの議論はあるものの、人材流出が人手不足の直接的な原因になっているのは否めないでしょう。
そうやって採っては辞めてを繰り返すくらいなら、社員一人ひとりに働く幸せを感じてもらい、会社に少しでも長く残ってもらうことに力を注いだほうがよほど簡単で効率的、かつコストも安上がりです。社員が会社に対して感謝をしていれば、自然と社内の規律も整っていくものです。
こうしたサイクルが続くことで、経営効率はじわじわと高まっていきます。組織力の向上は一朝一夕に実現することは決してありませんが、会社の繁栄と社員の幸せがつながっていれば、確実に向上していきます。
既存社員の力だけで売上の伸びには十分対応できる
近年は景気も回復傾向となり、中小企業としては大手からの仕事量が増加し、既存の社員数では対応できないという場合もあるでしょう。確かに建設業のように業者数が激減した状況で復興需要やオリンピック需要が重なってしまったレアケースは一部ではあるにせよ、産業全体の企業成長率を見る限り、「今いる社員を辞めさせない」という対策で人手不足の問題は解決できます。
東京商工リサーチの「中小企業の業績動向調査(2016年3月期決算)」によると、2016年3月期決算で資本金1億円未満の中小企業の売上高総額は前期比0.9%増でした。産業全体で見れば、中小企業の売上の伸びは1%に満たないわけです。その1%の売上増のために人員増強が果たして必要でしょうか。
業務効率や生産効率を1%向上させるだけで人材不足の問題は解決できるのです。もっとも1%というのは全体の平均値で、それ以上に成長している中小企業もたくさんあるはずです。会社を50年以上経営してきた私の経験で言えば、売上の伸び率が110%や115%程度までは既存社員で対応が十分可能です。
もちろん現場に長時間労働を強いたり、過度の負担を押しつけたりする必要は一切ありません。社員に辞めずに生き生きと働いてもらい、さらに‟ちょっとの頑張りや工夫”を現場の一人ひとりから引き出すだけで、会社全体を大きく成長させることができるのです。例えば営業活動で言えば‟あとプラス1軒”の訪問、業務の効率化では‟あとプラス1秒”の短縮、経費節減では‟あとプラス1円”の削減……。
「塵も積もれば山となる」とはよく言ったもので、そんな一人ひとりのプラスアルファの頑張りや工夫を積み重ねていくだけで、営業成績や生産性は飛躍的に向上し、110~115%程度の成長であればクリアできてしまいます。一見複雑に見える問題でも論点を整理していけば、大概はシンプルな答えに行き着きます。
人材不足に悩む中小企業経営者の最大の仕事は人を辞めさせないこと──。経営者がこの心掛けをしっかりと持ち、社員に長く働いてもらうという目的と向き合ってみてください。そうすれば既存社員に過度の負担を押しつけることなく、非効率な採用活動も極力回避し、最短距離で人材不足を解消に導けるようになります。