10年に及ぶ義父の介護の末、自宅を追い出された…
高齢化が進むなか、介護の負担が社会問題になっています。さらに介護問題は、相続の現場にも影響を与えているのです。今回ご紹介するのは、そんな介護が絡んでくる、相続トラブルのお話。登場するのは、こんな家族です。
・Aさん(父)
・Bさん(長男の嫁で義父と同居)
・Cさん(Aさんの長女)
・Dさん(Aさんの次男)
Aさんとその妻、Aさんの長男と妻であるBさんの4人は、先祖代々の家に同居していました。ある日、Aさんの妻が他界。その数年後、不幸なことに長男も若くして他界してしまいました。
元々仲の良かった家族です。Bさんは夫を亡くし、義父と二人になりましたが、そのまま同居を継続しました。そして時は流れ、高齢となったAさんに介護が必要となったのです。
「仲がいいとはいえ、介護は大変だろう。施設に入ってもらったらどうだい?」とBさんの母は心配して言いました。
「そんなの嫌よ。お義父さんも、亡くなったお義母さんも、子供のいない私にすごく良くしてくれたの。それにお義父さん、生まれてずっとあの家に住んでいるのよ。愛着のある家を離れたくないじゃないかな」
母の心配をよそに、Bさんは在宅介護にこだわりました。そんなBさんに、Aさんは感謝しかありません。
「Bさん、本当にありがとう。本来はCやDに面倒をみてもらうのが筋だが、知っての通り、あいつらとは断絶状態でな」
「そんなこといいんですよ、お義父さん。これからも一緒に、楽しく暮らしていきましょうね」
段々と体の自由が利かなくなるAさんの介護は、どんどん大変になっていきました。しかしBさんは、常に優しくしてくれたAさんへの感謝もあり、在宅介護にこだわり続けました。
そして10年にも及ぶ介護の末、Aさんは穏やかなに旅立っていきました。そして葬儀で、Bさんは十年ぶりにCさんとDさんに会ったのです。
「今日は、ありがとうございます。Cさん、Dさん」
「まあ、なんだかんだ言っても親だからね。葬儀くらい出るさ」とDさん。
「……」
「Bさん、葬儀の席でなんだけど、この後、色々あるじゃない。相続のこととか」とCさんが切り出しました。
「あっ、そうですね」
「兄さんは亡くなっているから、俺とCの二人でどう分けるかは決めていくわけだけど。とりあえず、Bさん、早くあの家を出ていってくれる?」
「えっ!?」
「だって、Bさんには、あの家を相続する権利なんてないんだし。家なんて相続したって揉めるだけだから、さっさと売ったほうが良いと思うんだよね」
「でも、急に出ていけといっても、何も準備していませんし。ずっとお義父さんの介護で働くこともできず、私自身、お金もないので……」
「そんなの、知ったことではないわ。あんな親に関係するものは、早く処分しちゃいたいのよ」
言いたい放題の二人の主張に、Bさんの我慢は限界に達しました。
「ちょっと待ってください。私は10年もお義父さんの介護をしてきたんです。お二人はこれまで顔を見せることもなかったのに!」
「父の介護を頼んだ覚えはないわ。それに施設に入るくらいのお金、あの人持っていたでしょ」とCさん。
「あなた自身、お金があるとか、ないとか、どうでもいいんです。とにかく、面倒なことは早く終わらせたいんで、早急にあの家を出ていってください」とDさん
血も涙もない二人に、怒り心頭のBさん。しかし血の繋がりのない自分には、相続する権利もない……。ただただ怒りに震えることしかできませんでした。
介護が報わる新制度「特別の寄与」は期待できない⁉
相続人以外の親族が亡くなった方の介護に尽力したのに、いざ、相続が発生しても何も報われない。事例のような不公平なケースはよくありました。この不公平を是正しようと、2019年7月1日に相続法は改正され、「特別の寄与」という制度が始まりました。
それにより、「相続人以外の被相続人の親族が無償で被相続人の療養看護等を行った場合には、相続人に対して金銭の請求をすることができる」ようになったのです。つまり事例であれば、長男の妻であるBさんが、Aさんの長女Cさんと次男Dさんに対して、「これまで介護をがんばってきたんだから、お金ちょうだい」と請求できるようになったわけです。
「寄与」というのは以前からありましたが、相続人にしか認められていませんでした。相続人以外にも対象が広がったというのが、今回の改正のポイントです。
もう少し、深掘りしていきます。「特別の寄与」のポイントは3つ。
まず「特別寄与者となれる」のは、亡くなった人の親族(6親等内の血族、3親等内の姻族)だけです。たとえば内縁の妻がどんなに介護をがんばっても、特別寄与者にはなれません。次に「権利行使期間」は、相続開始及び相続人を知った時から6カ月以内、かつ相続開始時から1年以内とされています。そして「特別寄与料の額」は、相続人が複数存在する場合、各自が法定相続分に応じて特別寄与料を負担するとされています。
本題はここからです。「特別の寄与は簡単には認められない」という懸念があるのです。この制度はスタートしてまだ日が浅いので何とも言えない部分がありますが、相続人に認められてきた寄与の概念が、そのまま新制度にもスライドして適用されると考えられます。
そうだとすると、「特別の寄与」が認められるのは、非常に厳しいと考えられます。平成25年に東京家庭裁判所から出ている「寄与分の主張を検討する皆様へ」というパンフレットには、下記のような記述があります。
寄与分が認められるためには
②寄与分が認められるだけの要件を満たしていること
※要件とは、
「その寄与行為が被相続人にとって必要不可欠であったこと」、
「特別な貢献であること」
「被相続人から対価を得ていないこと」
「寄与行為が一定の期間あること」
「片手間ではなくかなりの負担を要していること」
「寄与行為と被相続人の財産の維持又は増加に因果関係があること」
などで、その要件の一つでも欠けると認めることが難しくなります。
③客観的な裏付け資料が提出されていること
寄与分の主張をするには、誰が見ても、もっともだと分かる資料を提出する必要があります。主張の裏付けとなる資料のないまま主張すると、解決を長引かせてしまうだけです。
平成25年12月3日 東京家庭裁判所家事第5部より
要件は非常に多く、さらに客観的な裏付け資料を提出する必要があります。介護であれば、帳簿や介護日誌の提出がないといけない、ということです。将来、寄与料を請求することを想定して、そのようなものを作成しながら介護・看護を行っている方がどれほどいるでしょうか。
さらにどれくらい寄与料として認められるかは、介護保険における介護報酬基準をもとに計算されます。要介護認定の階級や都道府県によって変わりますが、筆者の知っている方では時給3,000円というケースがありました。そして実際に介護士などに頼らなかった分、つまり1人で負担した時間、労力だけを計算していきます。想像以上に、請求できる金額は少ないのです。
◆まとめ
介護や看護に力を尽くした相続人以外の親族の不公平を是正するための新制度。しかし、これまでの「寄与」の制度を考えると、認められるには、相当な厳しさがあるのではないかと推測されます。
法定相続人に以外に財産を残すには「遺言書」という手もあります。介護・看護する本人から言い出すのはハードルが高いかもしれません。しかし相続トラブルを防止する有効な手段として、考えてみてはいかがでしょうか。
【動画/筆者が「特別の寄与」を分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人